2009年03月03日

キリ番と鹿島宮のお稲荷さん

 どうも数日が経過してしまいましたが書館、mixi共にアクセス数が大台に乗りました狐です。
 まず書館の方ですが、こちらは90万アクセスを2月20日に達成しましてこのブログを書いている時点では904000台となっております。またmixiに付きましても2月26日に17000アクセスを達成し、ちょうどそれを踏まれましたのはマイミクでありますキリヲさんでありました。
 書館は2005年1月2日以来、mixiは1年半遅れた2006年7月以来となりますがその日から今日までに、これほどまでの人々に見て頂けたと思いますと大変嬉しい限りであると共に、強くお礼申し上げます。この所更新出来てなく、と言うのは大分以前から繰り返し書いておりますから、改めて書かねばならないのは大変残念で仕方ないところです。
 とは言え、以前に比べますと大分速度は遅いものの、小説を幾つか書き進めておりますので三月中には何とか、と考えておりますのでしばらくお待ち頂ければ幸いに思います。それでは今後ともよろしくお願い致します、ありがとうございました。

 さて昨日は買い物に行きがてら、以前より気になっていた場所へ行って参りました。
 バスにて一旦高崎駅まで行き、そこから上信電鉄で高崎商科大学前駅へ。そこから地獄沢と言う名の沢に沿って線路を越え、一旦下った先の信号のある交差点を右折。そしてその先にあるセーブオンの脇から、再び山の方角へと向かっていく道の先にその場所はあります。
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 そこは即ち神社でして田舎にあるひなびた神社、と言えてしまう様なこじんまりとした佇まいなのですが、その立地が故に以前から度々目にしていました。
 昨日はただ買い物に行くだけでは勿体無い様な好天でありましたので、何かしようかと考えていた矢先にふと思い出しまして、それなら良い機会だから行ってみようと足を運んだ次第です。
 その神社の名前は地図では鹿島神社、セーブオンの脇にある参道の入口に立つ石碑には「鹿島宮」と彫られておりました。すぐ隣に隣接しています寺院が鹿島山、とありますので何か関係があるのではないかと思えるところですが、とにかく以前より上信電鉄を利用する度にこの鹿島神社の朱塗りの鳥居が目に入り、電車の中からさっと見た限りではまるで林の中に孤立している様に見えてしまっていたものでしたから、いかなる神社なのか?どこからどう辿れば行けるのか?と気になっていたと言う訳でした。
 行くにあたって地図で確認しますと上記の様にすれば行ける訳でして、やや拍子抜けしましたがいざ現地を訪れますと中々、趣に飛んだ光景が広がっていました。
 まずは参道の入口に佇む前述した「鹿島宮」と掘られた石碑、舗装された区間から続く立派で良い具合に古びた参道の石段を登り切ると、「踏切あり」の旧型看板こそあるものの舗装板の無い第四種踏切が待ち構えていまして、それを越えてまた小さな階段を登ってようやく鳥居に辿り付くと言う構造には、上信線開業前からある古い神社なのだな、と言うのを確信するに足るものでした。
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 神社自体は鳥居の朱色が褪せ切っているとかしていない事から分かる通り、また新年にあわせて張ったのであろう新しい注連縄の縄の様子から見る限り、管理はされている様で拝殿の扉が壊れて完全に閉じられていない以外は、荒れている様子も無く落ち着いた雰囲気に満たされた空間でした。
 扉の前には供えられたばかりと思しきお菓子等も置かれていましたし、若しかすると朝等に決まってお参りに来る方がしっかりといるのかもしれません。
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 境内には他にも3つの社がありまして、拝殿に向かって左手にある格子戸の付いた大きな社の中には色付けされた比較的大きな、衣冠束帯姿の御神体が鎮座していたのには思わず息を漏らしてしまいました。そして拝殿の右手に回り込みますと、こちらはこじんまりとしていますが、小さな社が2つありその内の1つには白狐の置物がありましたから、境内社としてお稲荷さんなのでしょう。当然、何れにもお参りしたのは言うまでもありません。
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 神社自体の規模は以上の様にこじんまりとしたものでしたが、境内を見渡しますと入口付近に大きく根を張った桜の巨木等がありまして、これは桜が満開になったらとても良い光景なのではないでしょうか?またその脇に上信線の線路が横切っている訳ですから、カメラを構えて撮影すれば良い写真が撮れるかも、等と色々と予感させられる一時でありました。
 その後は鹿島神社から駅に戻り、高崎行きがしばらくなかったのでちようどやって来た下仁田行きにて隣の山名駅へ。期せずして昨年秋から運行を開始した、銀河鉄道999塗装の特別編成に乗れたのは思わぬ嬉しさでありました。
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 そして山名駅より高崎行きにて折り返した際に、ふと車内の吊り広告を見ますと、一昨年から昨年の前半に度々足を運びました上州福島駅近くの笹森稲荷神社の例大祭の案内が。
 矢張り前回のブログにて取り上げました、券売機をきっかけにしばらく話をしました年配の方の仰っていた通り、3月7・8日との事で生憎、その両日は大阪におりますから足を運べないのが残念なものです。
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2006年07月07日

秋葉原・神田界隈稲荷巡り・その1

【2006.5.21西町太郎稲荷神社】
 前回の穴守稲荷で〆た「川崎・羽田稲荷巡り」につづく第二弾として企画した「秋葉原・神田界隈稲荷巡り」はいざ計画してみると27ものお稲荷さんを巡る上に、横須賀線田浦駅付近の5月1日に廃線となったばかりの相模運輸専用線探訪も兼ねていたので、まだ朝日も昇っていない早朝3時に家を出て337発の新潟発ムーンライトえちごに乗り早朝から巡る事にしました。
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 比較的空いていたえちごに揺られて大宮で下車し京浜東北線に、本来なら430発の始発に乗る筈でしたがトイレに行く等していて乗り遅れてしまい止む無く次発の449発にて御徒町へ。南浦和付近から居眠り都合よく御徒町に到着した所で目を覚ましまだ人影の無い改札を向けて駅前に出ます。
 今日まず最初に巡るお稲荷さんである西町太郎稲荷は、御徒町駅から東北東に位置し春日通を東へと進みます。首都高上野線をくぐり更に進む事200メートルほど行った所にある名も無い信号機付きの交差点を左へ。目印として角にサークルKがあるので比較的分かり易いでしょう。
 左へ折れた先の路地を今度はローソンのある角を右へと折れ、50メートルも行かない2つ目の角を再び右折します。そしてすぐに表われるT字路を左折するとビルとビルに挟まれた様に目的のお稲荷さん「西町太郎稲荷神社」はそっと鎮座しておりました。
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 赤い幟がはためき小ぎれいにきちんと整えられた西町太郎稲荷は脇にありました由来によりますと、かつてこの地にあった九州は筑後柳川藩の大名屋敷の敷地内に建てられたのがそもそものきっかけであるとなっており、万治年間と言う事は西暦に換算すれば1658〜1660年に当たります。
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 つまりは江戸時代の初期に建てられて以来、340年余りの歴史を誇る当然ながら由緒正しき稲荷神社なのです。かつて「伊勢屋稲荷に犬の糞」と言われるほどに江戸市中に特に数多く存在する物を上げた言葉が今にも伝わっていますが、その元祖的存在と言える稲荷神社でしょう。尚、このお稲荷さんには石狐は存在しません。
 そして一通りすべき事をすると足は次なるお稲荷さんへ向って動き始めます。

【稲荷神社データ】
・西町太郎稲荷神社
・東京都台東区東上野1丁目23-2
・交通アクセス
・JR御徒町駅、東京地下鉄日比谷線仲御徒町駅3番出口より徒歩5分程度
・東京地下鉄上野広小路駅、都営地下鉄大江戸線上野御徒町駅からは地下連絡通路を通り日比谷線仲御徒町駅3番出口経由で徒歩10分程度
・都営地下鉄大江戸線新御徒町駅A1出口より徒歩5分程度
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2006年07月04日

川崎・羽田稲荷巡り・・・その4

【2006.5.14穴守稲荷探訪記】
 京浜急行穴守稲荷駅前にてコンちゃんをしばし眺め、再び歩き始めた足の向う先は今日最後の目的地である穴守稲荷神社。豊受姫命を祀りかつては進駐米軍をも負かしたこの霊威ある神社は流石に世相にあわせたのかは定かではありませんが、1998年の羽田拡張の際唯一かつてその場に神社があったと言う証たる空港敷地内にある大鳥居も、世間を騒がせ注目を集める事態を起こさずに空港敷地内を移転しました。
 そんな大鳥居がかつてその入口を守っていた穴守稲荷神社自体は現在、羽田空港の西側の住宅地の中に存在しており大鳥居の一件で大いに知られる所となり、多くの参拝者の集まる全国的にも知名度の高いお稲荷さんとなって今に至っています。以前から事ある毎に行って見たいものだと思っておりましたから今回の探訪は強く楽しみにしていたところであり、何処か逸る気持ちを抑えつつシャッター通りを抜けた先に鳥居の鮮やかな朱色を確認した時には喜びを密かに噛み締めました。
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 その穴守稲荷の境内は予想していた物よりもずっと奥深くまずは狐塚へ、無数の石狐が鬱蒼とした中にある様は一種独特な気配を醸し出しており、このままずっとここにいると異世界への扉が出現してしまうのではないか・・・ふとそんな事を思い浮かべさせられたものでした。
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 そして狐塚を後にしてまずは本殿に、矢張り全国区の屈指の知名度を誇るだけにその大きさと言ったら立派なものであり、今回巡った4つの稲荷神社の中で最も立派と言えるでした。ここを守る石狐の顔は中々凛々しく状態も比較的良く、中々好感の持てる姿形では無いでしょうか。
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 本殿に参拝するとその足で今度は本殿右脇に続く、木々の元を走る稲荷神社を象徴する光景の1つでもある鳥居の列の中を行く参道へと入ります。この参道の突き当りには「奥之宮」と呼ばれる社があり、そこではご利益のある「あなもりの砂」と称される「御神砂」を手に入れることが出来ます。
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 当然自分もそこで用意されていた袋に砂を奉納された無数の狐達の視線を受けながら積め、手を合わせて下がると先程ここに至るまでの参道沿いにあった複数の社を一つ一つ巡りながら戻って行きます。
 その順序は「築山稲荷」「稲荷大明神」「出世稲荷」「開運稲荷」「必勝稲荷」の5社でどれもこじんまりとした造りではありましたが、どれもそれを祀る人々の思いに満ち満ちている気配が感じられ中々良い気配であったと個人的には感じられたものでした。
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 そして狐塚と本殿に加えて奥之宮と5社を巡りお御籤を引いて穴守稲荷神社を後に、今度は入って来た時とは逆にある空港側の鳥居をくぐって住宅地の中へと出ます。そして歩く事5分もかからずに運河沿いに出ると堤防を上がり、そこにある橋・・・その名も「天空橋」と言う明らかに不釣合いな名前をした簡易な橋を渡って京急の天空橋駅へ入って行きます。
 これで今回の稲荷巡りは終了、この後は羽田空港にて軽い食事を取った後は高速バスにて横浜駅へ戻りました。そして横浜駅からは武蔵野南貨物線を経由する上に、今年の3月快晴以降はJR東日本東海道線区間を定期的に唯一一般客扱いで走る国鉄近郊型115系を使用した様々な意味で貴重な大宮行臨時快速「ホリデー快速鎌倉」号で帰宅の途についたのでした。
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【稲荷神社データ】
・穴守稲荷神社
・東京都大田区羽田五丁目
・交通アクセス
・京急蒲田駅→京浜急行空港線5分→穴守稲荷駅→徒歩10分→鴎稲荷神社
※京急川崎→穴守稲荷130円、運転間隔4〜15分
※穴守稲荷駅は快特・エアポート快特は通過、各停・急行・特急の何れかを利用の事。
※穴守稲荷駅を出て左へ曲がり一つ目の角を右折、そのまま直進すると鳥居の姿が見える。
※品川駅から羽田空港行き急行で18分、京急川崎駅から羽田空港行き特急で13分、羽田空港駅から4分。
※羽田空港行き特急は京急川崎以南泉岳寺〜京急久里浜・三崎口間快特併結、快特として運転。
※羽田空港からの場合、天空橋駅からのアクセスも可。
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2006年05月27日

川崎・羽田稲荷巡り・・・閑話休題その1

 さて今回は稲荷巡りの際に見つけたちょっとした物について取り上げたいと思います。まず最初は穴守稲荷駅前に鎮座する「コンちゃん」なる像から。これはその名から連想される通りに狐を模った像でして、町のシンボルとして京浜急行の協力の下で最近設置された模様です。
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 この中々に狐らしく落ち着いた姿をしているコンちゃん。ちなみに首回りに何やら巻いておりますが、その柄をよくご覧下さい・・・世界的に知名度のある兎、管理人の好きなキャラクターである○ッ○ィーちゃんの柄です。狐は野兎を食べるとは言いますが・・・何だか口元の綻びがどうにもしばらく止まらなかった次第でした。尚、このコンちゃんは穴守稲荷公認の模様です。

【狐名所データ】
・東京都大田区羽田
・交通アクセス
・京急蒲田駅→京浜急行空港線5分→穴守稲荷駅→おりてスグ
※京急川崎→穴守稲荷130円、運転間隔4〜15分
※穴守稲荷駅は快特・エアポート快特は通過、各停・急行・特急の何れかを利用の事。
※品川駅から羽田空港行き急行で18分、京急川崎駅から羽田空港行き特急で13分、羽田空港駅から4分。
※羽田空港行き特急は京急川崎以南泉岳寺〜京急久里浜・三崎口間快特併結、快特として運転。
posted by 冬風 狐 at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐名所・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

川崎・羽田界隈稲荷巡り・・・その3

【2006.5.14 鴎稲荷神社】
 川崎大師境内の福徳稲荷堂を後にするとまずは産業道路へ向かってひたすら東進し、片側3車線の合計6車線と言う威容の産業道路を横切る京急大師線を眺め見て大師橋を経て多摩川を越える事、およそ40分余り穴守稲荷へ向かっている途中でやや道に迷い住宅街の中を彷徨っているとふと見つけたのがこの「鴎稲荷神社」でした。
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 文字通り住宅街の中に溶け込んだ「鴎稲荷神社」は、白い石造りの鳥居を1つ持ちその広くとも狭いとも言えない境内は草生している箇所はあるものの、基本的にはこざっぱりとしてその雰囲気は悪くはありませんでした。そしてここには1つの出会いが待っていたのです。
 鳥居くぐって正面の本殿、その隣に幾回りも小さな社がおかれています。これはお稲荷さんとは別に厄神様を祭っているもので、いざお参りをしようと目を向けたその時どうもひさしの上が妙です。何やら白い物体がこちらを眺め下ろしているではないですか・・・そうそれは猫でした、中々気合の入った好ましい顔をしてこちらを眺め見ています。
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 思わず呆気には取られましたが気を取られて数枚撮影、猫の背中の背後にある「厄神様」と言う看板が下から見ていると上手い具合に「厄」の字が隠れてしまっているものですから、これは正しく猫神様です。もしかするとその社に祭られている厄神様の姿だったのかも・・・等と勝手に思ってしまうそんな光景だったのでした。
 なお、この「鴎稲荷神社」には石狐の像は存在していません。そして撮影とお参りをすませると足は今回の稲荷巡りの最終目的地へ向けて再び動き始めたのでした。
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【稲荷神社データ】
・鴎稲荷神社
・東京都大田区羽田
・交通アクセス
・京急蒲田駅→京浜急行空港線5分→穴守稲荷駅→徒歩10分→鴎稲荷神社
※京急川崎→穴守稲荷130円、運転間隔4〜15分
※穴守稲荷駅は快特・エアポート快特は通過、各停・急行・特急の何れかを利用の事。
※穴守稲荷駅を出て右へ曲がり踏切を横断、そのまま直進し突き当たりのT字路を左に行き右手側3つ目の角を右へ行き直進、突き当たりT字路右へすぐ。
※品川駅から羽田空港行き急行で18分、京急川崎駅から羽田空港行き特急で13分、羽田空港駅から4分。
※羽田空港行き特急は京急川崎以南泉岳寺〜京急久里浜・三崎口間快特併結、快特として運転。
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2006年05月17日

川崎・羽田界隈稲荷巡り・・・その2

【2006.5.14 福徳稲荷堂】
 先に紹介した藤森稲荷神社のある富岡八幡宮(金山神社)脇の交差点を神社の境内から見た方向に直進する事、およそ5分にして500メートルほど行くとそこは誰もがその名を知る全国随一の規模を誇る寺院川崎大師がある。どうして川崎大師に言及するのかといえばその中にお稲荷さんが存在するからである、いわゆる仏教系稲荷と呼ばれる性質のものだ。その為ここでは福徳稲荷神社とではなく川崎大師での呼び方に従って「福徳稲荷堂」と表記する。
 この「福徳稲荷堂」と言う名のこの稲荷堂は、川崎大師の大本堂と不動堂の間に挟まれてこじんまりと存在している。小振りながらも小奇麗に、鳥居も含めて周囲の建物とはじゃ間異なった雰囲気を漂わせていた。
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 この稲荷堂に祀られているのは荼枳尼天であり、これまで紹介してきた各稲荷神社にて祭られていた宇迦之御魂神とは異なる。そしてこれこそ明治までの神道と仏教の関わり合い、俗に言う神仏習合の象徴的存在であって何よりも狐と聞いてイメージされる呪術的な事柄は全てこの仏教系稲荷を起源とされている。
 そもそもどうして仏教系稲荷が存在するのか?それは仏教が日本に入り、その際に日本人が荼枳尼天の姿を見て狐を連想、正確に書けば荼枳尼天の乗っている獣に狐を当てはめた事がそもそもの発端と言えよう。ちなみにこの獣は本来はジャッカルであると今では解説されている、当時の日本には当然の事ながらジャッカルの存在はなくまたその認識もなかったが為に最も姿の似ていた狐を当てはめたのだろう。
 その様な訳で日本においては狐に乗っていると認識された荼枳尼天は仏教勢力の拡大、加えて仏教と神道の接近による相互補完関係の形成により仏教系の稲荷が誕生し、主に密教である真言宗と深い係わり合いを見せて真言宗と共に全国に広がったのだった。当然川崎大師は真言宗、正式には真言宗智山派・大本山金剛山金乗院平間寺と言う名前である。
 真言宗と稲荷の関係は空海が東寺を823年に朝廷より賜った事がそもそものきっかけとされている、元々稲荷神と言うのは平安京の出来る以前から山城の地に勢力を張っていた渡来人系の一族である秦氏の氏神的存在だった。それが平安京造営を機に元々持っていた政治的な地位を向上させ、それにあやかって秦氏の氏神であった稲荷神が広く信仰されるようになった。
 そこに空海が唐より帰国し朝廷よりその地位を認められて賜れた東寺の造営の際の材木を秦氏が提供したものだから、稲荷神が東寺の守護神となりひいてはその東寺の宗派である真言宗と結び付いた次第だろう。なお、これには空海が稲荷神と交渉して守護神となってもらったと言う逸話も存在している。
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 さてこの川崎大師の境内にある「福徳稲荷堂」は前述した様に非常にこじんまりとした小奇麗である。鳥居は石造りの白い物が3つ連続しており本殿との狭い間に挟まれるかの様に狐の像があって、目や耳の中が赤く縁取られたり塗られており首には赤い前掛けをかけているその姿は中々見栄えも良く狐らしい。
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 それ以外の点では特に目立った物は見られないがわずかに敷かれている砂利が、これまで見てきた幾つかの稲荷神社との違いとも言えようか。それ以外はただこれだけを見ただけでは神社そのものであり、仏教寺院の中にある神社・・・何処か不思議で違和感の無い日本的な心地良い光景だった。

【稲荷神社データ】
・福徳稲荷堂
・神奈川県川崎氏川崎区大師町
・交通アクセス
・京急川崎駅→京浜急行大師線5分→川崎大師駅→徒歩5分→川崎大師内福徳稲荷堂
※京急川崎駅→川崎大師駅130円、運転間隔5〜10分
※川崎大師駅下車後に改札左手大師参道入口交差点を横断し右手の歩道を歩いて5分。
※京急川崎駅はJR川崎駅に隣接、東京駅から東海道線で17分、立川から南武線で61〜68分
※横浜駅からは京急川崎駅まで京浜急行線快特で7分、羽田空港駅から直通で15分
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2006年05月15日

川崎・羽田界隈稲荷巡り・・・その1

【2006.5.14 藤森稲荷神社探訪記】
 川崎・羽田界隈の稲荷巡りの第1号は冒頭にも上げた様に「藤森稲荷神社」である。この稲荷神社は京急川崎駅より京急大師線で5分の川崎大師駅から徒歩2分余りの京浜工業地帯と住宅地の混在した場所に存在している。


 川崎大師駅にある唯一の出口を出ると駅前を国道409号線が東西に横切り、多くの人は道路を渡って左手の路地へ・・・この駅を降りる人の多くは全国でも参拝者数において一二を争う大寺院、川崎大師へと向かうべくそちらへと折れるのが大半であるがここはそちらへ向かう事無く右手の交差点を渡りそこから直線に続く二車線の通りへと進む事にしよう。
 駅から見て右手の歩道を歩き宮川病院と言う名前の病院を通り過ぎる頃に、すぐに昼間であるならば子供たちの歓声が聞こえてくるかも知れない。そして続いて道路に対して斜めになった形で白い石造りの鳥居が見えてくると、そこが目的の稲荷神社をその敷地内に持つ神社「若宮八幡宮」である。最もこの名前で読むよりももう1つの名前、正確にはこの八幡宮の敷地内にある神社である「金山神社」と言った方が分かる人が多いだろう。藤森稲荷について書く前にこちらにまず余談ではあるが触れておこう。
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 この「金山神社」は金山彦神、金山姫神を祭神とする神社で両神は鍛冶冶金・鋳物等を司る神として金属加工業に従事する人々の信仰を集めており、八幡宮の脇にある「金山神社」の本殿内には鞴や炉が御神体の前に備え付けられ毎年の祭りの際にはそれが披露され祭事が行われるのだが、これはあくまでもこの「金山神社」の一面に過ぎない。「金山神社」が知られている理由、それはこの神社の御神体が男根であり毎年4月に行われるに男根を乗せた神輿が町を練り歩くと言う「かなまら祭り」と言う名の奇祭が行われるからである。
 ご利益として安産・縁結び・夫婦和合等があるとされており、本殿の前には高さ1メートル余りの御神体を模った黒光りした巨大な男根が置かれており是非一度見てみる事をお勧めしたい。尚、1999年に完成した本殿は神社らしからぬ型破りな形をしているのでこちらも見逃せない。
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 では話を本筋へと戻そう、本殿へと通じる参道の入り口は道路に対して斜めにある鳥居より更に道路沿いに奥へ10メートル進んだ所にあるのでそちらから入る事にする。
 「若宮八幡宮」と書かれた先程のとほぼ姿かたちの同じ鳥居をくぐり参道を進むと目の前に八幡宮の本殿、右手には社務所が置かれておりお守り等はそこで入手する事が出来る。ちなみにその右隣には保育所があり先程の子供達の歓声というのはそこから響いているものだ。そして入ってすぐの左手に逸れて行く道、その先に2つの片方はクリームを、そしてもう片方は朱色に塗られた鳥居がまるで隠れているかの様に立っているが当然朱色の一番奥手にある鳥居が目指すべき「藤森稲荷神社」である。
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 クリーム色に塗られた鳥居を持つ「大鷲神社」を右に時代を感じさせられるアメ車を左に見つつ朱色の鳥居をくぐり、わずかに腰を曲げなくては進めないほどの複数の鳥居を抜けて本殿へと至る。祠サイズではあるが賽銭箱に鈴と全てがミニチュアサイズではあるがしっかりとした設備を持つ上に周囲を無数の狐で囲まれたその姿からは、間違う事無く稲荷神社である事を実感させられる。
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 祭神は前回紹介した「烏子稲荷神社」とは異なり稲荷神である宇迦之御魂神のみである様だが、両脇に控えている狐と共にその後の本殿を取り囲む様に安置されている大小様々な奉納された無数の狐達によって決して劣る事は無い・・・とふと思えてくる。
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 ここのおきつねさまは若干見方によっては犬っぽく見えるかもしれないが確かに狐であり、本殿を正面に右手に控えているおきつねさまは子狐をその足元に置いている所が特徴的であろう。状態は中々良いのだが残念な事に左手に控えている狐の首が悪戯でもされたのかぽっきりと根元から折られた痕跡も生々しいまま補修されているのが残念であり、悲しくも感じられた。そして次なる稲荷神社へ向けて一礼の後に歩を進めるのだった。
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【稲荷神社データ】
・藤森稲荷神社
・神奈川県川崎市川崎区鈴木町
・交通アクセス
・京急川崎駅→京浜急行大師線5分→川崎大師駅→徒歩2分→若宮八幡宮内藤森稲荷神社
※京急川崎駅→川崎大師駅130円、運転間隔5〜10分
※川崎大師駅下車後に改札右手大師駅前交差点を横断し右手の歩道を歩いてすぐ。
※京急川崎駅はJR川崎駅に隣接、東京駅から東海道線で17分、立川から南武線で61〜68分
※横浜駅からは京急川崎駅まで京浜急行線快特で7分、羽田空港駅から直通で15分
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2006年05月02日

烏子稲荷神社探訪記

【2006.4.28 烏子稲荷神社探訪記】
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 烏子(すないご)稲荷神社は高崎市内にあるその名の通り稲荷神社である。場所は高崎市中心部より北方に位置する上小塙町(かみこばなまち)にありその歴史は古く平安時代の783年に創建されたものだと言う。祭神は宇迦之御魂神、天照大神、スサノオノミコト、天神様の4柱で宇迦之御魂神と言うのが稲荷神であり天神様とは菅原道真公の事だ。

 この宇迦之御魂神、お稲荷さんは創建の際に京都藤ノ森神社より分霊されてきたと伝えられる由緒正しきものであり、創建以来今日に至るまで高崎市北東部の六郷・長野地区の鎮守様として崇められて来た。

 そして戦国時代には武田信玄公が箕輪城攻略の際に戦勝祈願の宿願を行いその縁で今もこの近隣には武田家の家臣の浦野家の子孫が住んでいるのだと言う、意外な所で出身県と縁があったものだと感じてしまった。江戸時代には徳川家より御朱印を与えられる等して現代までに至っている。


 烏子稲荷に訪れた時はもう一面が夕焼けに包まれている時刻で帰宅ラッシュで道路がそろそろ混み始めるそんな時だった。高崎市の中心街方面より自転車を漕いで北上し高崎環状線を過ぎて前を見ると寺と住宅の屋根の向こうにこんもりとした森が姿を現した。

 大体その位置は事前に確認してきた地図での位置とほぼあっていた事からあの森こそ烏子稲荷であろうと踏んで適当な箇所にて道から外れて脇道へ入ると、案の定森から南へ向けて両脇に木を生やした道が伸びておりそこには稲荷神社の目印とも言える赤い旗が「烏子稲荷神社」と白抜きで描かれて幾つか立っている姿が見え参道である事は一目瞭然であった。

 そしてふと視線を逆の方向に向けるとなにやら銀色の巨大な物が鎮座している、その側面は何処か見慣れた形・・・何の事は無い、それは鉄道車両であったのだ。その時目的の稲荷神社に無事到達できた安堵感と共に意外な物を見つけたと言う驚きで心の中は沸き返った事は言うまでも無いだろう。もう西の空に太陽は大きく下がっていたがまだまだ時間はあると見え、稲荷神社に訪れる前にまずそちらの方を観察してみる事にした。

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 外からその車両をうかがって見る限りでは2両の客車でありレールと枕木も敷かれてその上に車輪がしっかりと載っている事、そして足回り等もほぼ完全な状態で残っている事だった。また車内は事務所兼倉庫として使われている様で雑然とはしているが殆どが現役当時の照明とボックスシートを始めそのままで残されているのが分かった。

 流石に方向幕については中身こそ外されてはいたもののガラスに傷は無くサボ受けもそのまま、銀色に塗装こそされているがここに運び込まれてから施された物らしくあの白帯が塗装の下から静かにその存在を主張していた。そして2両を繋ぐ貫通路も薄汚れているとは言え機能しており破損も見当たらず、何よりもその妻面に限っては青色20号の原色がそのまま残されているではないか。

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 そしてそこに書かれた表記より形式がオハ12であり、民営化後もJR東日本に引き継がれ最後の全検を平成4年5月に大宮工場で受けた後に廃車となった事は分かったものの、その他には特に表記は見当たらずそれ以上の出自は不明であった。置かれている場所は運送会社の敷地内であり前述した様にそこそこ手入れはされて事務所等として使用されているようだから今後も末永く生きて欲しいものである。


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 さて話を本筋に戻すとその鉄道車両の終わる十字路が烏子稲荷神社の参道入り口である、十字路から100メートルほどの参道を進むと車が二三台置ける駐車場があり、その正面には鳥居と神社内の簡単な地図の他に幾つかの看板が立てられていてここが活気ある場所である事を示している。そしてその西方には池がありその真ん中には弁財天が祭られていて、祭られている島までは橋が一本伸びていた。水を汲み上げている人の姿があったから田植えの際の用水池としても利用されているらしい。

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 自転車を傍らに止めて立ち入ると蛙の像が鎮座しており拝殿と本殿は目の前にそびえる丘の上にある。その間の狭い敷地には狛犬と車用のご祈祷所、身代わり達磨、社務所に神社の由来の書かれた案内板と日清戦争戦没碑が立てられていた。

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 時間が遅かったため閉まってはいたものの社務所の窓口の所には200円と100円のお御籤が置かれ、その後ろにあるガラス窓の向こうにはお札やお守りなどが値札が付けられておかれていたから昼間などに来れば営業しているのかもしれない。それらを一回り見ると早速階段へと足をかけた。

 赤い鳥居と石の鳥居をくぐった先の階段はそう急ではなく昔からの鎮守様と言う雰囲気が満載であり拝殿の威容がすぐそこに見えて取れる。中ほどを過ぎた辺りで再び狛犬と思しき物がありそのわずか上には稲荷神社の象徴であるおきつねさまの像が一対、堂々とした面持ちで登ってくる自分を見下ろしていた。

ここのおきつねさまはマズルが少し太い所が特徴的であろう、また下から見て左手のおきつねさまを背後から見るとちょうど木々の間から下界の様子が見えて静かに見守っている・・・その様な感じがしてどこか温かい気持ちになるのは自分だけであろうか。そしてそれを過ぎると拝殿が完全装備の整備された姿で待ち構えていたのだった。

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 拝殿付近の写真を撮っている間に現れて参拝を終えたおじさんの後を追って自分も参拝し右から裏へ回る。拝殿の右脇には神楽殿があるのが目に付くがその更に北側には天神様とそれこそ立派な白狐像の安置されたお宮とが置かれておりその傍らには無造作に山積みであるかのように無数の石造りの小さなお宮がそれぞれ白狐の像をつけて転がっていた。そして更に細い道が奥へと回り込むように続いていたので足を進めるとその先にはまたもや驚かされる物が待ち構えていた。

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 緩やかなカーブと勾配の細道を進むと道は唐突に分岐するのだがそれをわずかに通り越した箇所に丘の、つまりは斜め上に見えている本田の地下へ続くような石組みのトンネルが口を空けその入り口には金網が被せてあるが、奥は広くなっている様でどうにも不思議な存在である。

 一瞬狐塚かその類かと思ってしまったが視線を上げるとそこには看板が立っており、何とこの稲荷神社の建つ丘は6世紀頃に作られた古墳だと言うのだ。その名も神小塙稲荷山古墳として平成3年3月に高崎市の文化財に登録されている価値ある存在らしい。古墳と稲荷の取り合わせとはその力はかなりの物なのではないのだろうかとふと思えてしまった。

 そして思わずその穴にも手を合わせ、元来た道を戻り拝殿の前を横切ってお御籤を引いてから家路へとついた。

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【稲荷神社データ】
・烏子(すないご)稲荷神社

・群馬県高崎市上小塙町

・交通アクセス

・高崎駅→市内循環バスぐるりん高経大線(系統番号3・4)35分→上小塙市営住宅前→徒歩5分→烏子稲荷神社

※ぐるりんは全線均一200円

※バス降車後道なりに北上し大森保育園のある信号付き交差点を西へ曲がり、左手の運送会社の道路側に置かれている銀色塗装の鉄道車両が目印。稲荷神社は右手側のこんもりとした森に包まれた丘にある。

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posted by 冬風 狐 at 16:04| Comment(3) | TrackBack(1) | お稲荷さん探訪録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月29日

北きつね牧場探訪記

【2006.3.16 北きつね牧場探訪記】
 
 狐好きであるならば是非一度行くべきである場所、それが「北きつね牧場」ではないだろうか。自分がこの場所の存在を知ったのは今年の1月、実際に訪れたのはそれから二ヵ月後の3月16日の事で、2日後の3月18日のダイヤ改正で廃止になる札幌〜網走間の定期夜行特急に乗るべくしての渡道にあわせての訪問となった。


 上川からオホーツク10号で早朝の札幌駅に着いたその足で、チャットの常連であり色々とお世話になっている宮尾さんと落ち合い乗り込んだ午前7時21分に発車した網走行き特急「オホーツク1号」は、新旭川駅より石北線に入り最寄り駅である留辺蕊(るべしべ)駅に到着したのはもう昼時も間近の11時38分であった。札幌〜留辺蕊間の距離は約300キロであり4時間17分の道程となる。

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 留辺蘂駅から北きつね牧場までは約10キロほど離れており、地図上で見る限りでは留辺蘂駅よりも西に2キロ札幌寄りの西留辺蘂駅の方が距離的には近いのだがこちらは普通列車のみが停車する無人駅であり、タクシーやバスの便が全く無いので普通列車利用であっても留辺蘂駅を使うべきだろう。

 留辺蘂駅から温根湯温泉に行く手段は北見〜温根湯間の北海道北見バスの運営する路線バスかタクシーの何れかを利用する事となる。バスについてはそこそこの本数は確保されており、交通新聞社の時刻表にもその時刻は記載されているのだが特急との接続はすこぶる悪く今回の場合も12時17分発と39分も待たねばならなかったのでタクシーを利用して直行する事にした。

 タクシーについては駅前に常時2〜3台が待機しているので多人数で鉄道利用で乗り込んでも足の確保という点では問題は無いだろう。しかしバスが温根湯温泉〜留辺蘂駅間580円に対してタクシーは片道で3900円ほどかかる為財布としっかり相談した上で利用した方が賢明である。


 さてそのタクシーの車内では北きつね牧場へ狐目当てで行く客と知れると、運転士の方より最近は狐の姿をそう目にする事がなくなったと言う貴重な話をうかがう事が出来た。かつては留辺蘂駅の駅前にも出没するほど狐は有り触れた存在だったのだが最近では激減し野兎が増えて困っているのだと言う。地元の人の口から聞く生の情報であるからこそ、食物連鎖のバランスによって再び増加するであろうとは信じつつも狐の事が気になってしょうがなかった。

 国道39号線を西に15分ほど走った辺りで温根湯温泉郷へと入るがわずかにタクシーはそこを行き過ぎると、遠くからでもはっきりと見える鉄製の巨大な鳥居が北きつね牧場の玄関口である。タクシーはそこをくぐって更に進み2つの大きな鳥居が両端に立っている橋で川を越えた所が北きつね牧場である、だが余りにも静か過ぎたので一瞬営業しているのか不安になったものの建物の中には明かりが灯っていたので安心して中へと立ち入る。

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 立ち入った建物の中にはお土産などが所狭しと並べられていたが従業員と思しきおじさんが1人いる以外は誰もおらず、1人500円の入場券を買って足早にお目当ての狐のいる屋外スペースへと足を向けた。当然こちらにも誰もおらず宮尾さんと2人で顔を見合わせつつも門をくぐっていざ狐ゾーンへと立ち入った。すると早速狐が1匹鳥居の脇で日向ぼっこをしていた、思わずその何とも我が道を行く堂々とした眠りっぷりに思わず歓声を漏らしたのは言うまでも無い。
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 しかし狐はこの一匹だけではない、少し歩けばいきなり現れた人間に興味を持ったのか2匹の狐がのんびりとこちらに近寄ってきて遠巻きに観察してくる始末。お返しに写真を撮りつつ奥へと進むにつれてその先には驚愕の光景が広がっていたのだった。そう150匹の狐達が皆思い思いの格好で雪の上なり岩の上なり小屋の屋根の上なりで気持ち良さそうに昼寝しているのだ、当然肝が据わったもので人間が近づいたところで全く動じない。

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 流石に触れると面倒くさそうに顔だけを動かして狐目のままやんわりと見つめて再び元の姿勢に戻るのだが、まるでやんわりと諭されているかのようで堪らなく顔が綻んでしまったものだった。


 更に進むにつれて昼寝に飽きたのか幾匹かの狐がのんびりと狐目で近寄ってきた、今は出産際前にしている事もあってかどれも文字通りフサフサで何とも柔らかく暖かい。触っている瞬間はこの上ない至福の時間と言っても差し支えは無いだろう。最もいきなり背後で狐が声を上げたのには流石に驚いた、チャーミングと言う習性なのかは分からないが二匹で並びあって現れた狐の内、右側を歩いていた狐が急に鳴き始めるとその場で体を地面にこすり付けて回り始めたのには思わず視線を奪われる以外には無かった。

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 またその嗅覚で宮尾さんが吊るしていたビニル袋の中に幾重かの包装をされて収められていた食べ物を嗅ぎ付け、静かに寄ってきて噛み付いてきたのもハプニングであるとは言え面白いものだった。またそんな時でも狐目の穏やかな顔を保ち続けるのはある意味技ではないだろうか?そんな気がしてならない。

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 そんなかんだで40分ほどカメラ片手に彷徨って狐目ではなくしっかりと目を見開いた狐の顔をカメラに収めた所でその場から立ち去り、お土産を買い求めて北きつね牧場を後にしたのだった。真に有意義な時間でありまた夏に再訪する事を思ったのだった。



【狐名所データ】

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・北きつね牧場

・北海道北見市恩根湯温泉

・交通アクセス

1.札幌駅→JR特急「オホーツク」4時間10分前後→留辺蕊駅→北海道北見バス20分→温根湯温泉→徒歩10分→北きつね牧場

2.札幌駅→JR特急1時間20分〜1時間38分→旭川駅→北海道北見バス都市間線特急石北号2時間38分→温根湯温泉→徒歩10分→北きつね牧場

※JR特急「オホーツク」利用の場合は北見駅まで行きそこから温根湯行き路線バスに乗る事も可能。

※都市間バス特急石北号は事前予約制。

・留辺蘂駅付近に飲食店・コンビニの類は無いので注意、北きつね牧場付近にはセブンイレブンと道の駅があるのでそこで飲食可。

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posted by 冬風 狐 at 04:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 狐名所・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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