2010年12月27日

山王稲荷神社・蒸気機関車と大井川の傍らに

【探訪日時】2010年12月26日
【場所】静岡県榛原郡川根本町田野口
【交通】大井川鉄道田野口駅より徒歩2分

 普通電車であちらこちらを歩いていると唐突にお稲荷さんを見かける事は良くある。その一例が東海道線西岐阜〜大垣間だろう、この区間では4つほどのお稲荷さんを通りがかる度に車窓に見ているものだが、生憎今だに立ち寄れた事がなく、見かける度にある意味では一種の一里塚として意識させられ、そして何時かはお参りに行こうと思い続けている存在である。
 その様な中で昨日、昨夏に見かけて以来、何時かはお参りに行きたいと考えていたお稲荷さんに行く事が出来たのでそれを取り上げる事にしましょう。

 大井川鉄道に初めて乗りに行ったのは昨夏の事だった。それ以前から蒸気機関車が走り、また井川線区間にはアプト式区間がある等と色々と興味深い存在ではあったが、その運賃の高さと所要時間の長さに中々機会を見つけられずにいた折、ネットで知り合った友人583さんと共に関西旅行に行く途中にて立ち寄ったものだった。
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(↑アプトいちしろ駅にて連結作業中のアプト式電気機関車、2010.12.26撮影)
 大井川鉄道自体がそれはもう思っていた以上に楽しくて仕方なく、またの再訪を誓ったのは最早必然であった。しかし興味の範囲はただ鉄道に限られるのではない、そうその沿線に地図では見つけられなかったお稲荷さんを確認したと言うのもそう誓った背景の要因として大きくあったのであって、その際に確認出来たのは以下の2つである。
 まずは千頭駅近くの「豊川稲荷千頭別院」である、これは千頭駅に到着した折に当地の地図を見て知ったものだった。そしてもう1つが今回取り上げる「山王稲荷神社」、こちらは金谷から千頭へ向かうSL急行に乗車していた際に眺めていた車窓の中に見出したもので、思わず小さな声を漏らしてしまったものだった。
 生憎SL急行はその山王稲荷神社の最寄り駅である田野口駅には停車しない。何よりその時は大井川鉄道を全線乗りとおした上で、井川駅の先にある井川湖にある渡し舟に乗る、と言う目的での大井川鉄道であったからまたの機会に、と先送りをする、ただしその場所だけは記録して再訪に備える、と言う事しか出来なかった。

 しかしまたの機会は中々訪れず、次なる夏は色々と多忙であり出かけたとは言えども大井川鉄道を行程に組み込むことは難しい地域であった。よって次に行けるのは果たして、と思っていた矢先に狐塚君より10月頃に大井川鉄道に行きたい、と言う話が持ち込まれた故に夏ではなく冬となるが大井川鉄道への再訪の機会を得られた次第である。
 当初の計画ではこのお稲荷さんに行けるかはかなり微妙なところであった。それは今回も大井川鉄道を全線乗る、更に井川線内の幾つかの駅に降りる、と言うのを前提に組んだ結果、大井川本線は単純往復するしかない、と言う形になってしまった為で今回も車窓からその姿を眺めるに留まるのは避けられない。
 だがいざ当日が近くなるとこれもまた縁と言うものなのだろうか、色々と面白い変化があった。

 まずは21日から25日まで実質、不眠不休に近い状態で東京〜大阪間を2往復する事になったのである。それも後の1往復は風邪を引いた状態でした事から、25日の晩に島田駅近くのホテルに投宿した際、疲労はピークに達しており21時頃に眠りに就いたにも関わらず、目を覚ましたのは翌日の6時と9時間余り予定よりも長く寝てしまった。
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(↑宿泊したホテルからの夜明け)
 更に起床後は来年年明けに狐塚君と共に行く予定の欧州旅行、この中でも英国滞在中の予定が定まっていなかったので、その辺りを目覚ましも兼ねて話し合い、その場でロンドンからグラスゴーまでの往復チケットをネットで購入する等していたら、当初予定していた時間の出発が不可能になったのである。最もまだこの時点では朝食を食べてからでも、乗る予定の列車こそ遅れるものの、井川までを単純に往復する事は可能であった。
 そんなかんだで大井川鉄道金谷駅に到着し、乗り込んだのは金谷9時16分発千頭10時29分着の普通電車。そして田野口駅手前の山王稲荷神社に車内から一礼してから、千頭駅に到着して井川線、ただし奥泉駅までの代行バスの車内での放送である事実を知る事になる。
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(↑千頭駅前の井川線代行バス、2010.12.26撮影)
「尾盛駅は熊が出没した為、現在お客様のご利用は出来なくなっています」
 実のところ、もう金谷駅で乗り込む時点で井川駅までの往復は今回は出遅れの影響もあって意味がない。ただ20分だけ折り返し時間を過ごす為だけに行くのなら、その手前の「秘境駅」として有名な尾盛駅の何もなさを味わった方が面白そうだ、と言う話になっていたのである。
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(↑奥大井湖上駅における尾盛駅熊出没告知ポスター、2010.12.26撮影)
 よって尾盛駅へ行く事が井川線に乗る目的と変わっていたのだが、それすらも果たせないとなるならどうしたものか、と考えた結果、急遽奥大井湖上駅に降りる事にした。これは奥大井湖上駅は井川線名物であるアプト区間が出来る背景となった長島ダム建設に伴う廃線の一部を、一定の距離一望出来る駅である事を把握していた為で、それを駅の上から眺める事を目的にしたのだった。

 だがこれだけであれば当初の予定から最終的には変わらない事になる。つまり(井川12時46時発→尾盛13時14分発→)奥大井湖上13時29分発の井川線に乗り、千頭から14時58分発のSL急行で金谷へ戻る、と言うものであり山王稲荷神社へはどっちみち行けない。
 しかしキーとなるのが尾盛駅ではなく奥大井湖上駅で折り返す事だろう。うっかり失念していたのだが実はこの奥大井湖上駅13時29分発の前には1本上り列車があり、それが奥大井湖上駅から1駅北にある接阻峡温泉駅で乗ってきた井川行下り列車と行き違うのである。
 よってそうとは知らずに奥大井湖上駅で下車した後で、掲示されている時刻表を見て12時発の上り列車の存在を知った時、それはある種の驚きに包まれたとしか言う事は出来ない。だからこそ改めて時刻表を確認して、12時の列車に乗って千頭駅へ戻った足で田野口駅へ向かい、山王稲荷神社に足を運んだ後で隣の下郷駅へ移動し、そこからSL急行に乗れる、そうと判明した時は何とも不思議な嬉しさを感じられてならなかった。
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(↑奥大井湖上駅より見る現在線と廃止された旧線、2010.12.26撮影)

 そして奥大井湖上駅12時発の上り列車に乗り込み、再び奥泉駅から代行バスで千頭駅へ戻って昼飯を食べてから、今度は大井川本線の列車に乗り込んで田野口駅に到着したのは14時6分と少し日差しも落ち着いた頃合だった。
 揺られてきた近鉄車両の普通電車から下車したのは、自分達2人のみで駅舎や駅構内の観察をしてから、早速駅より200メートル余り金谷寄りにある山王稲荷神社へと向かう。
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(↑上は田野口駅を発車する近鉄車両、下は田野口駅より山王稲荷神社へ続く道、2010.12.26撮影)
 山王稲荷神社には鳥居はない、立地はと言えば目の前の道路を挟んで大井川鉄道の線路、そして線路の向こうは木の生えた傾斜地の下には天竜川、と言わば3つの流れに接している。
 拝殿と本殿は分離しており、いずれも朱塗り等はなく茶色と白の2色に彩られていると言える。どこかそれはお堂の様な雰囲気であるが、だからこそだろうか、ふと目にすると足を向けざるを得ない存在感がその雰囲気の正体であると思える。
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(↑山王稲荷神社全景、2010.12.26撮影)
 神額は横に大きく茶色の額の中に黒く「山王稲荷神社」と太く筆で描かれている。賽銭箱や鈴を始めとした設備もしっかりと手入れがされており、古びているとかそう言う気配はない。とにかく地域の人々によって変わらず大事にされているその気配が、新年を迎える装いも相俟って随所に漂っていた。
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 由来も正面から見て左手の斜面際に設置されており、それによれば山王神社のお稲荷さんを合祀した神社であるとの事である。解説の大半は山王さんについて割かれている事を考えると、元々は別の存在であった山王さんとお稲荷さんが何らかの理由によって合祀された、と言う書き出しには強い説得力がある。
 しかし何時からこの地にあるのか、また合祀時期に付いては特に明記されてなく、ただ古来から、とのみ書かれていた。由緒自体は平成4年1月に建てられたとある事から、比較的最近であるのも興味を惹かれるところだろう。
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 静かな山間にたたずむ良い気配に包まれたお稲荷さん、その一言に尽き、なおかつまたここに足を運びたいと思えてならないお稲荷さんと言える。
 なお千頭駅付近には先に取り上げた豊川稲荷の他に稲荷神社、また家山駅近く、そして島田市街にもお稲荷さんを確認しているので、機会を改めてまた訪れたいところです。
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 なお写真は全て2010年12月26日撮影。
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2010年12月19日

12月、今年最後の盛り上がったゑの木市と狐面色々

 さて昨日は毎月恒例の装束稲荷ゑの木市へと参加して参りました。
 今回は同じ高崎に住む狐野君と共に向かいましたので合流する関係もあり、まだ東の空が鮭の切り身の様な赤さに染まった、太陽が頭を出す前の6時ぐらいに家をでて冷え切った空気の中を駅まで自転車。そして別の駅で合流した後、高崎線にて上野を経由して王子へと着いたのは9時半を回った辺りでした。
 王子駅の改札を出ると早速ある物が目に入ります、それは12日後に迫っている大晦日から新年にかけての狐の行列、つまり「王子狐の夢行列」の開催を告げる横断幕でして、共にある黄色い提灯がなんとも良い具合になっています。そして向かう道も黄色い提灯が飾られていて、いよいよ大晦日が迫っている事を実感させられてなりません。
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 それを眺めてから早速装束稲荷へ、既に準備は始まっていましたので荷物を置いてからこちらも準備に加わります。最も今回は途中で場所を移し、スピーカーの設置に必要な配線を探したりと言う、そう言う作業をしている内に時間はあっという間に過ぎて、12月にして今年最後のゑの木市が始まります。
 今日もうどん屋さんの出店はありませんでしたが、代わりに御餅が売られていました。越後名産栃尾のこがねもち、と言うもので1袋500円でしたがそれなりに売れておりました。それ以外は何時も通りと言う具合で、じわりとした寒さに包まれていたのでお客さんが来るか心配でしたが、幸いにも昼が近くなると人通りも多くなり、こちらについてもホッとしてしまったものです。
 さて今回は夕吉さんがやって来ました。本当は来れない予定だったのですが急に来れる様になった、との事で久々に狐神楽のメンバーが、都合あって華姫さんが来れなかったとは言え一揃いした事になります。
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 よって路上を利用した狐舞も今回は盛大なものになり、火狐・水狐・土狐・夕吉の四狐勢ぞろいで繰り広げられたのには多くの人が集まりましたし、喝采を浴びてはカメラを向けられていました。
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 さてそんな中、今回は中々面白い出会いがありました。それは近くにある日本語学校に通う中国人留学生の一団が、地域の祭りを見る為にやって来たと言う事で、今回は商品を売るのではなく専らその留学生達の質問に答えて、また雑談も交わす事がメインとなりました。
 質問されたのはこのゑの木市に間する事に始まり、狐、つまりお稲荷さんについて、そしてこの地域について、と多岐に渡りました。
 主に狐野君と自分がその担当をしていたのですが、色々と日本人に対して説明するのでも込み入った内容があるだけに、色々と噛み砕いて説明する必要がありましたが、それ等は楽しいものでしたし、その熱心さには驚かされます。彼らの日本語は矢張り独特の訛り等はあるものの、会話を交わす分には問題なかったもの。書く字もきれいなもので逆にこちらの悪筆が、手もかじかんでいたからとは言え恥ずかしかったものです。
 その内にお互いの話にもなりまして、今回お会いしました留学生の皆さんは湖南省から来ているとか。その位置は分かりましたがどういう省だったのかうっかり失念していたので、その辺りも尋ねますと毛沢東の出身地であるとの事でなるほど、と納得したものです。そして矢張り辛い料理が名物、つまり暑い地域であるだけに日本は寒いとも漏らしていました。
 それ以外では流れで君が代をこちらが歌い、返しで留学生達が義勇軍行進曲、つまり日本国歌と中国国歌を交互に歌う展開もありました。これは自分と狐野君が対応する前の段階、つまりこのゑの木市を開くに当たって色々とお世話になっております菊秀さんが各地の民謡等を披露する流れの結果故でしたが、悪く無かったですしこれがあったからこそ、あの様に活発なやり取りへとつながったのではないかとも感じています。
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 ちなみに中国における狐のイメージは狡猾なのだとか。農民の飼っている鶏を食べてしまうから、と言うのがそのイメージの理由だと言う事なので、この辺りは稲を食べてしまうネズミを食べてくれる存在、つまり益獣としてのイメージが狐にある日本とは対照的に感じるものです。
 それ以外では個人的な興味として、鉄道、特に中国の鉄道乗車時に行われる身体検査とはどんな物なのか、と尋ねてみると大規模なイベントの際には大抵行われるが、そこまで厳しいものではなくされない時もあるとの事。この辺りは日本での報道を通じて感じるどこか厳格なイメージとはまた違う、中国にいなくては分からない感覚の一端を知る事が出来ました。
 ちなみに中国人に驚かれたのは日本にいると外国人と接する機会が少ない、と話した事でしょう。あくまでも普通に生活している限りでは余り外国人と話をする機会が中々無い、と話すと強く意外だ、との反応が返って来ましたし、その辺りでも色々と話を出来たのは大変貴重な機会であったと思います。

 ゑの木市の片づけが済んだ後は近くの食堂で食事をして簡単な打ち上げ会。そして王子駅へ戻る道すがら装束稲荷へ立寄りますと、ちょうど提灯に明かりがともって文字通り輝いておりました。これを見ると都合故とは言え、大晦日の狐の行列に参加出来ないのが何とも残念でなりません。
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 さてその後は狐丸さん並びに狐野君、そして遅れてやってきた狐塚君と共に日暮里の布地問屋へ。これは自分の狐面が出来上がったので、その狐面を被った際に頭に巻く布を探す事になり、この辺りは全く分からないので狐丸さんにお願いして連れて行ってもらったと言う事です。
 幸い、連れて行って頂いた布地問屋にてイメージと合う布地がありましたからそれを購入。1メートル580円と言う価格もちょうど良いものでしたし、少し加工して狐面を被る際に活用するとしましょう。
 なお以下の写真が頭に布地を巻いた上で狐面を被った姿です、下に巻いていない状態での写真を載せてありますが、なるほど髪の毛が見えないだけでかくも違うとは、と言えるところがあります。
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 布地問屋を出て狐塚君が先に離脱してからは、1時間ほど場所を改めて狐野君と共に太鼓の稽古。これまで自分1人で、あるいは狐野君と2人で太古の稽古は折を見てはしていましたが、笛の音を聞きながら太鼓をたたくのは実は初めてでしたので中々苦戦してしまいます。
 幸いにして、ちょうどその日に笛のCDが手に入りましたから、今後はそれを流しながら笛の音と太鼓の音を一致させる、つまりリードする形の笛の流れに太鼓を合わせていける様に努めて行きたいものです。また太鼓の叩き方に変な癖が着いている事がわかったので、次の稽古までにはそれ等を確実なものにしていきたいものです。
 そして夕飯をご一緒してから上野駅で狐丸さんとは解散、狐野君と共に高崎線に揺られて帰宅したのでした。

 ふと振り返ると狐神楽と出会ったのは10月ですからまだ2ヶ月前の事に過ぎません、2ヶ月前にはここまで関わる事になるとは思っていませんでしたし、加わった結果、得られた縁も本当に貴重なものに思います。
 この場を以って、と言うのが失礼かもしれませんが心から感謝したいものです。そして来年には何とか、お返し出来る様に精進したいものですし、今後ともよろしくお願い致します。
posted by 冬風 狐 at 20:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

狐面にヒゲをつける夜

 どうもこんな夜中に狐面へヒゲをつけていた狐です。
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 狐神楽で使う狐面を製作した( http://inarikitsune.seesaa.net/article/167173539.html )のはもう遡る事2ヶ月前。季節は秋と言える10月半ば過ぎでしたから、ようやく取り付ける事が出来たと言えるでしょう。
 最もどうしてこんなに時間を要したのか?それはどの様にして狐面に穴を開けるか、またヒゲにふさわしい素材は何かと探していた為でして、11月末にふと立寄った立川のユザワヤにてそれ等を見出すまで1ヶ月を要してしまった事、それが大きかった為です。
 ヒゲの材料として購入したのはス玉、こちらは下の写真の通り2種類玉の太さの違うものを用意しました。また狐面に穴を開けるのには当初は錐を考えていましたが、狐面の鼻と言う構造的に比較的力に弱いであろう部分に穴を開けるのはリスクがあると考え、ある程度力を加減しやすいであろうと手縫い針の一番太いものを購入して準備は完了です。
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 元々自分の狐面には3つヒゲが筆にて描かれていましたので、その通りのままに穴を開ける予定でいましたが改めて眺めていますと、3ヵ所は多いのではないか、と言う事で2ヵ所、つまり2対の穴を開ける事にします。
 穴を開けるには狐面に針を立てなければなりません。何ともそれは忍びないもので最初は結構、やりにくいものがありましたが、それに耐えて1つ開け切ってしまえば後はスムーズに開けられてしまうのが不思議なものでしょう。ちなみに針は3種類のセットでしたが結局その中で一番細かった、太さ1.8ミリの物を利用しました。
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 続いてはス玉の両端の玉の内、片方を切断して穴の中へと入れていきます。
 なおこの際、ス玉の玉が大きいものを2つ、細いものを1つと言う割合の3つを投じる事とし、少し形を調整した結果、手前のヒゲが上向きに跳ね、奥のヒゲは横に水平になる具合になりました。ちなみに片方だけ玉を残したのは、接着するとは言え裁縫で言う玉留めの効果を狙った為です。
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 そして裏からアロンアルファで接着させれば完成、針で穴を開けるのに意外と時間がかかり、全体での作業時間はおよそ1時間と言うところ。
 被ってみた姿が以下の具合、被ってみたところアロンアルファの臭いが思いのほか強く、これはしばらく乾燥させて臭いを取らないと長く被るのは難しそうだと感じざるを得ませんでした。なお撮影してくれましたのは狐神楽仲間の狐耳君です。
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 そんな訳でようやくヒゲのついた自分の狐面。今週末のゑの木市がこのヒゲが新たに付いた狐面を初めて外に持っていく、そんな場面となる予定です。 
posted by 冬風 狐 at 04:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月26日

11月の装束ゑの木市へ

 どうも先週土曜日は2度目の装束ゑの木市へ参加して参りました狐です。
 王子自体はその前の周にも足を運んでおりますから、1ヵ月ぶりの王子、と言う事にこそなりませんでした。とは言え矢張りゑの木市の日は格別です、そして今回は2人ほど新たに友人を連れて行ったこともあり、また違った興味深い1日となりました。
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 今回、王子にながたにさんと共に到着したのは9時半頃の事。その足で早速装束稲荷へ行きますと、既に菊秀さんを始め王子きつね連の皆様が準備を始めていましたので、挨拶とながたにさんの紹介等をしていますと、菊秀さんよりこの様な一言が。
「今日は秋田からお客さんが来るよ」
 秋田から、と言うのは初めて聞いたので尋ねてみますと、何でも秋田市にある招福稲荷から王子稲荷へ参られる皆様が来られるとの事でして、全く知らなかったので大変驚かされました。そして間の悪い事にこの日は13時過ぎの新幹線でその秋田方面に行く用事があると言う始末で、肝心の到着された後の行列やらの時間と前後して出かけなくてはなりませんから、知らなかったからこそ、とは言え余りの不覚に思わず頭を抱えてしまいます。
 それでもその間に水狐さんと華姫さん、そして狐丸さんも到着しましたので改めてながたにさんを紹介してから、早速準備のお手伝い。
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 なお秋田からはその間に先行する形で「きりたんぽ」が到着しており、それ等の撮影等もしつつ準備を進めて、お囃子も鳴り出して自分も頭に狐面を被って、11月のゑの木市の始まりとなりました。

 今回のゑの木市は10月に続いてうどん販売が無かった一方、「そば稲荷」なる中身がそばのお稲荷さんが登場。味見をと言う事で1つ頂きましたが、濃い味のお揚げと中身のそばの冷たさが上手い組み合わせで互いを口の中で中和する、そんな具合で面白い味と言えるでしょう。大きさも結構ありましたので、微妙に空きっ腹であった胃袋を埋めるにはちょうど良い一口でありました。
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 また今回は甘酒も登場しましてこちらも一杯。菊正宗を大量に注いで作ったと言うその味は甘酒は甘いもの、と言う概念を打ち破るほんのり大人な味でした。そして「きりたんぽ」も並べて準備完了、ちなみに「きりたんぽ」は2〜3人分のセットとして1つ3500円と言う中々の高額商品になっていました。
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 その間に狐塚君が登場、また583さんも王子駅に到着しましたので迎えに行くなどしていましたが、今回は何時の間にか稲荷ずしと油揚げの店番を任される運びになり、すっかりくつろぐ狐塚君等を尻目に、声かけをしては稲荷ずし・油揚げ・そば稲荷の販売に没頭します。
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 久々の接客ではありましたがいざしてみると矢張り悪くないもので、ダンボール換算で1.5箱分ほどの稲荷ずしを担当している間に売りさばいておりました。その間にあっという間に時間は12時を回り、何時の間にか試食用に現れていた「きりたんぽ」を食べ損ねてしまいましたが、楽しくて食べ忘れていたのでこれは致し方ない、と言うところでしょう。

 そしてその間に秋田からのご一行が、赤狐となった狐丸さんと水狐さんの先導で到着、わっとその場が盛り上がっていよいよ華やぎます。また水狐さんによる舞も披露される等、お稲荷さんの縁日らしい時間に染まっておりました。
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 なおこの秋田からのお客様の事は後日、秋田の新聞社が取り上げてられ、ニュースとして配信( http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20101121e )されておりました。
 しかしそこで自分と狐塚君はタイムアウト。そう前述した通り、13時過ぎの上野発の新幹線でこれから出かけなくてはならなかったのです。何とも名残惜しく、更には申し訳なくて仕方ありませんでしたが、その旨を改めて告げますと狐面を被って狐丸さん、水狐さんそして華姫さんと共に記念撮影をする運びになり、そしてお先に離脱となりました。
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 ゑの木市はまだ2度目の参加でありますが、色々と携わる事が出来たのが個人的には嬉しく、今後もこの様に関わっていけたらと思うばかりです。そして矢張りなるべくゑの木市と他の予定は被らせない様にしないと、と思う事頻りでなりません。
 何はともあれ今回も皆様お疲れ様でした、そしてありがとうございました。なお終いの写真は新潟から乗り換えた青森行の特急車内でのもの。次の停車駅は秋田、との放送がしましたのですっと被ってみたものです。
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posted by 冬風 狐 at 06:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月31日

狐神楽の初稽古

 さていよいよ10月も終わるそんな間際の時間となり、ふと振り返るとこの1ヶ月は狐に関する趣味の点でこれまでにない大きな変化が見られたものでした。
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 それはこれまで自分だけ、あるいは狐塚君やアリエッタさんと言った友人との間でのみ、ある意味嗜んでいた狐趣味が、ある1つの形になった月であったと言えましょう。つまりある形でネット上に限られない、つまり目に見える形、実体としての一面を得られたと言えるのではないかと思います。
 それは即ち、アリエッタさんが縁となって関係を持つ事が出来た、既にこのブログでも数回に渡って取り上げています「王子 装束ゑの木 狐神楽」への参加であります。そして昨日、台風の中、最も参加する事を決めてから台風が襲来してきたのですが、その中を神楽メンバーである狐野さんと共に高崎駅より都内へ向かい、初めての稽古に臨んできたのでした。

 そもそも「稽古」と名のつく物に参加したのはこれが初めて。一応、狐野さんやアリエッタさんより幾らか話は聞いていましたが、矢張りここは経験した事がないからこそ、かなりドキドキしていたと言うのが内心でした。
 しかし同時にどこか楽しみに思っていたのも事実であり、やると決めたからにはやろう、と言う事で雨風強い浅草の街を歩いて稽古場へと向かいました。その際、稽古場に入るところでの急な強風にゆり傘がお釈迦になる展開はありましたが無事たどり着き、先に到着していた狐神楽の代表にして、言わば師匠となります狐丸さんと合流して、挨拶と雑談の後に早速始まります。
 「稽古」と名の付く物は、と書いたものですが当然ながら神楽にする側となるのも当然初めて。なので素養も何もあったものではありませんから、正に一からの手習いとなります。今回しましたのは太鼓で、これは以前ゑのき市に参加した際、狐丸さんと話をしていて狐面を作ると共に太鼓を、と勧められた事が強く記憶に残っていましたので、それ故にこちらから希望した次第です。

 およそ2時間半ほどの稽古でしたが、色々と感じさせられた時間でありました。当然、全くの初めてですから色々とお手をかけさせた事でしょうし、自分としても中々申し訳ない気持ちを抱けてしまったものです。しかし何よりも感じたのは楽しい、かつこれはモノにしたい、と言うある種の欲求でありました。
 とにかくまずは太鼓のリズムを覚える所からとなります。早速撥と楽譜も手にいられましたので次に稽古に参加できるまで、時間を作っては練習して掴んでいかねばなりません。
 矢張り皆さんの足を引っ張ると言うのはなるたけ避けたくあります。それは申し訳ないと共に自分が耐えられないところがあるからと言えるでしょう、そして何に増しても折角得られた縁でありますから、末永く生かして行きたいと思えてならないものでした。

 ちなみに既にここまで書いているので察せられている事かと思いますが、前回のブログ( http://inarikitsune.seesaa.net/article/167173539.html )で取り上げました狐面は、この狐神楽参加の為に製作したものです。稽古の際に初めて狐丸さんに披露、となりましたからどう言う反応が返ってくるか、これも少しばかりの緊張を浮かべてしまったものですが、まずまずの評価が得られてホッとしたものでした。
 今後は平面さを解消。つまり何か立体感を付けていく方向になましたので、髭等をさてどうつけようか、こちらについても折に触れて考え、実行していこう。そう考えている神無月も終わる雨音響く夜なのでした。
posted by 冬風 狐 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

自分用の狐面を作ってみた

 さて先日、と言えど、あと少しで1ヶ月が経過しようとしていますが、10月3日にご縁ありまして王子の狐神楽の皆さんのお手伝いをさせてもらった時と比べますと、大分季節も冷たくなってきたものだと感じます。
 そんな10月、神無月もそろそろ終わりを迎えるところですが、数日前より取り組んでいました狐面作りが仕上がりましたのでご紹介したいと思います。なおそもそもどうして狐面を作る事になったのか、と言いますとそれは冒頭の狐神楽の皆様と今後も色々とご縁があるものですから、それ故に、ある意味ではその証として製作するに至った次第です。
 当初は紙粘土等で一からこしらえようか、と考えていました。しかし以前から机の上に置いてあり、何かする度に眺めていた狐面が1つありまして、何ならそれを活用してみようと思い立ち、まずは面の上にBの黒鉛筆にて薄く思うが侭に色分けの線を塗っていきます。
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 そしてそれにアクリルガッシュで色を塗っていきます、塗り終えたのが以下の写真となりますが、予想よりもやや明るめに仕上がりました。また耳周りの黄色の箇所は当初藍色にする予定でしたが、テーマが「甲州狐」ですので、敢えてここは明るい黄色とします。
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 そして水溶性ニスを塗り終えて完成。アクリルガッシュ等を入念に乾かす期間も含め、製作に要したのは6日間となりました。
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 材料はまずは元々あった狐面、実はこの狐面は神社で手に入れたものではなく、ふとネットのオークションサイトを昔に眺めていた際、何故だか欲しくなり購入してしまったと言う経緯があります。それ以外はアクリルガッシュと絵筆、パレットとニスにニス用の刷毛で総額3000円と言う所で収まりました。
 なお頭には紐で止めます、またメガネをつけたまま被れる様になっています。

 前に触れた様にこの狐面のテーマは「甲州狐」です。これは自分が山梨出身である事を知った、狐神楽の代表をされています狐丸さんよりそれをテーマにしてみては?と提案されてのものになります。
 当初はもう少し地味な配色にするか、それとも武田信玄をモチーフとして派手な感じにしようか、と悩みました。そしてその際にふと参考にした信玄図の服装、特に鎧の下に身にまとっている衣服が若草色でしたので、では首周りは緑系統、と言う事で黄緑と緑を混ぜた深みのある緑色にしました。
 頬の水色については信玄の功績として今に伝わっている最大の存在が信玄堤、つまり治水事業である事からその様にしました。また甲州は山に囲まれた土地柄、山の緑とその地下に蓄えられている水、そして湧き出る川と言うのが矢張り長年住んでいたイメージの中にありますので緑あっての水、と言う意味合いを込めたものです。
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 最後の黄色はまずは甲州金、つまり山の中に眠る地下資源であり信玄の力の一翼を担った金をイメージしました。また山の緑に治水、と来れば里の営みの結果としての黄金色の稲穂の海がありますので、この3色はそれぞれが関連しあう要素とも言えましょう。
 そして水色と緑色の間にあり、更に鼻筋にある紅色は武田の赤色と稲荷の朱色を混ぜたものです。またその、特に鼻筋の形状が逆三角形状なのは、利用した狐面に額に稲荷の宝珠の紋がありましたので、それを尊重すると言う意味合いもあります。それ以外の色については元々塗られていたものをそのまま流用しています。

 久々にこの様な事をしたものですから中々新鮮なものでした。特にニスに至っては中学以来ですので、あのツンとした香りには懐かしさもあります。
 反省すべき点はもっと色合いを派手にしてしまったも良かったかもしれない、と言うところです。いざ完成した姿を見ますと、耳の下の白い部分が何だか空いて見えてしまいますしも耳の中の赤色と対比になる色でもすっと走らせてみたら、等と感じながらも仕上がった事にほっとしています。
 とにかくは完成となりましたし、今後狐神楽に参加する際はこの狐面と共に行く事になるのでしょう。何はともあれ励んで行きたいところでありました。そして最後に被ったらこうなります、うーん狐です。
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2010年10月19日

蘇和稲荷神社・旅の始まりに面するお稲荷さん

【探訪日時】2010年10月9日
【場所】広島県尾道市尾道駅前
【交通】山陽線尾道駅より徒歩1分

 さて4年ぶりの更新となるお稲荷さん探訪録。その第一弾は今月初めの旅行で偶然立ち寄った、広島県は尾道駅前にある蘇和稲荷神社を取り上げましょう。

 尾道駅に到着したのは11時27分。相変わらず降り続いている雨の中を改札口にて合流した狐好きが縁で知り合った友人、キリヲさんと共に尾道ラーメンを食べた後、さてどうしようかと辺りを見回していた時に気付きました。
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 それははためく幟旗と共に整備されて、ガラス張りの建物と緑の芝生と言う今風な空間の中に忽然として現れた社の姿に目が惹かれました。何より駅前であり、かつ道路の隣は海と言う狭い土地にそれ等が一気に詰まっている光景は大変興味深いものでした。
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 それだけでも足をふと向けてしまうのに十分でありましたが、より興味を惹かれたのはそこに「稲荷」の文字が躍っていた事でしょう。雨は相変わらず降り続いていましたが、雑談の為にどこかの店に入り込む前に1つ、と言う事でペディストリアンデッキを屋根代わりにしながら早速近付きます。ちなみにそこはバス乗り場となっており、その後ろにしっかりとしたお稲荷さんがあると言うのも中々面白い光景でしょう。
 そうしてたどり着いた参道の入口、そこからはまた雨の下となりますがそれもまた一興。何よりも今朝の激しい雨と比較すると大分弱まっていたのは確かでしたから、まずは入り口の撮影をした後、すっと参道へと足を踏み出します。
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 それにしましてもふと立ち止まって見つめる、否、見上げると背景としての前述した建物の姿が何とも対照的であるのが改めて印象に残ります。最も拝殿自体も比較的新しく、敷石や参道にもそこまで古い時代の気配が漂ってはいません。ですからこれはある意味では美味い融合模様を見せている、とも言えるでしょう。まるで神社そのものも同時に造られたかの様な印象を受けてしまいます。
 とは言え鳥居に先立って境内の入口にある2つの右手には「霊威赫奕震四海」、左手には「盛徳廣大利萬民」と刻まれた石柱は「明治35年」。そして鳥居自体は中々の古い物で鳥居には「明治44年11月」の文字が。これを見ると駅前一帯の再開発、それ以前から唯一伝えられているものである事が一目瞭然であり、その歴史を感じさせられます。
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 生憎、境内には由来を示す物はこれ以外にはなかったので創建年等の詳細は今なお不明です。しかし駅前の再開発自体は1999年に行われた模様ですので、この真新しい融合模様はまだ11年余りの光景と言えましょう。
 さて狐像の方は対照的に新しく、恐らく再開発により建て直された際に新しい物に交換された事がうかがえます。これ自体はやや残念なものですが、狐像は石像とは言え鳥居等と比べますと加工されている分、風化や劣化が進みやすい点があります。故に致し方ないのかもしれません、神額についても新しい物に交換されていました。
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 拝殿の扉は開かれており、すっと一礼を。そしてお参りを済ませてから、しばらく今度は境内の中から整備された駅前を一瞥して戻った次第でした。
 そして前述した通り、境内を出たところがバス乗り場であり、駅であると言うのが改めて印象的。つまり神道の本来の姿である神とは1つの場所に留まるのではなく、様々な場所を渡り歩く、その発想に通じる旅の出発点であるのが後世の発展に伴う偶然り産物とは言え、ふとした縁を感じます。

 なお帰宅後にこのお稲荷さんについて検索してみたところ、幾らかの写真は拝殿の扉が閉じられた状態になっていました。ちょうど幟があがっていた事を考えますと、恐らく扉が開いていたのと関連する、つまり秋祭りの時期であったからではないかと思えます。よって自分は中々貴重な光景を見れたのかもしれません。
 そしてこのお稲荷さんの他にも、山陽線の車窓を眺めつつ東へと戻る際に、あちらこちらで同様に幟がはためいていたものです。10月の始めで稲刈りがそろそろと言う時期、また相生の手前まで良く目立ったもの。
 恐らくはちょうど岡山県から広島県にかけて秋祭りの時期であったのでしょう、兎にも角にも偶然にして印象に強く残る探訪となったのでした。
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2010年10月18日

狐の街、王子装束稲荷の「装束ゑのき市」

【探訪日時】2010年10月16日
【場所】東京都北区王子装束稲荷神社
【交通】京浜東北線・地下鉄南北線王子駅、都電荒川線王子駅前駅より徒歩5分前後、JRバス王子停留所より徒歩3分

 王子は都内では比較的北の方に位置し、下町の一角を構成する活気のある地域。しかし京浜東北線が止まるものの高崎線や東北線と言った主要幹線が通過する事から、中々、地域以外の人が日常的に接する地名ではないでしょう。
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 むしろ王子と言うと王子稲荷を連想する人の方が多いのではないでしょうか。古くから中々知られているものですから、行った事の無い方でも聞いた事はあるかと思います。
 何より、少しでも歴史等に興味のある方であれば、広重の手によって描かれた浮世絵を浮かべられるのではないでしょうか。狐が集うその浮世絵とは「王子装束 ゑのきの木 大晦日の狐火」。今回はその浮世絵が大いに関係する、狐にまつわる縁日を取り上げましょう。
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 さて王子は前述の通り、王子稲荷の鎮座するお膝元であります。そして浮世絵の題名に「狐火」とある様に狐火が煌々と見えるほど狐が集う。つまり毎年年越しと新年の挨拶に王子稲荷へと、関東各地からお稲荷さんの使いとしての狐達が集まり、一同共にして王子稲荷に向かうとの伝承故に始められたのが「大晦日の狐火」ならぬ「王子狐の行列」です。
 これは毎年12月31日の大晦日に行われる年越しのイベントとして、江戸に伝わった上記の伝承を広く今に形となって伝える行事であります。狐のお面をつけた人々が灯した提灯を手にして王子の街を王子稲荷に向けて練り歩く、今ではすっかり風物詩として定着している、そんな行事です。
 そのスタート地点となっているのが縁日の舞台ともなる装束稲荷神社、王子稲荷とは鉄道線路を挟んでいる形であり、両者の間は徒歩5分ほどで行き来出来るほどの至近距離。しかし街角にあるその姿は、王子稲荷と比べると正にこじんまりとの言葉が似合うお稲荷さんであり、どこかホッとさせられる気配を漂わせています。そしてその由緒は古く、殊に王子稲荷を語る上でその縁を切る事は出来ない、極めて重要な存在であります。
 繰り返す形となりますが大晦日の「王子狐の行列」、そしてその元となった新年の挨拶に赴く狐達の伝承は王子稲荷はお稲荷さんの関東総司、となっている事にそもそも由来します。よって新年の挨拶ですから礼装で行かねばならないのは人も狐も同じこと、故に先の広重の浮世絵も、ただ新年の挨拶に関東各地より王子稲荷へ訪れるお稲荷さんの使いの狐達が、狐火を灯して集まっているに留まりません
 つまり絵の中に描かれている榎の大木、これは装束稲荷のご神木となっている榎でありますが、その根元にて身支度を、挨拶に相応しい装束を整えているシーンをも包括していると言えます。

 故に装束稲荷神社が「王子狐の行列」のスタート地点となっているのです。
 同時に行列自体には地域、王子の人々が主体となって伝承を継承する事を目的とする、つまりある種の町おこしの一躍を担う存在であります。そして今回ご紹介します、装束稲荷の縁日たる「装束ゑのき市」もその流れを汲むものであり、かつ目指して始められたもので、毎月第三土曜日に有志の手によって開催されています。
 なお自分がこの度、こうして接する事になったのも前回取り上げました「みのわの里の狐の嫁入り」にて、撮影等でお手伝いをさせて頂きました「王子 装束ゑの木 狐神楽」の皆様が、その運営に強く携わっている為です。故に縁あっての機会と言えますのでその事も踏まえつつ、先の17日にありましたゑのき市のレポートをしたいと思います。
 
 ゑのき市はまだ始められて日が浅く、有志の手によるものですから縁日とは言え、その規模は極々小さなものです。
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 まずは2〜3店ほどの地元商店街有志による露店が挙げられます。今回は3店が並んで菓子や稲荷寿司や油揚げ、また赤飯や団子等を販売しており、購入した食べ物を鳥居の前に用意されたベンチに腰掛けつつ食せる用意もされていました。
 自分もその場で昼食も兼ねて頬張らせて頂いた口でありますが、その後も話を伺いつつふと眺めていると1人2人と立ち寄る人の姿が常にあり、中々の和んだ、そして程良い活気のある空気が醸し出されていました。
 なおこの露店の顔触れは毎度変わるとの事で、普段はうどん屋もあるとか。価格も150円や300円と中々お手頃価格で揃えられており、昼時の一服を吐くには最適な環境であると思えます。
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 他にも今回は普段は大晦日の時のみ販売される、狐面の販売も社務所にてされており5種類ほどの狐面が並んでおりました。

 露店以外では縁日の名の通り、神楽もあります。装束稲荷を訪れた事のある方であればふと合点が行くかもしれませんが、お社の隣の道路に面する榎のご神木、その左にある榎の絵の描かれたシャッターのある細長い建物。
 実はその中身は1階は社務所、2階はお囃子の舞台になっており、2階の舞台で奏でられるお囃子と共に面する路上で前述の狐神楽の皆様の手による神楽、狐神楽が演じられるのです。
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 最も今回は都合によりお囃子をされる方が来られず、お囃子に乗った神楽と言うのは生憎披露されず仕舞いでした。
 しかし時折、人の流れを見計らっては短く狐面をつけた狐神楽の方が軽く舞い、人々の注目を集めていましたし、同時に自分としてはそれだけ様々な話をお聞きする事が出来たのは、やや複雑ではありましたが幸いでもありました。
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 縁日の時間の方は10時から14時と言うのが基本的な時間ですが、時として15時や16時辺りまで露店が出ている事もあるとの事。
 今回は気候が落ち着いて来た事もあり、通りを行き交う人が多く売れ行きも好調で、14時ごろには用意された団子や油揚げは売り切れてしまい盛況の内に終わる結果となりました。ちなみに先月は余りの暑さに人通りが悪く、中々難儀したとの言葉にふと、今年の夏の尋常ではない暑さを思い返してしまいます。

 次回の開催は来月の第3土曜日、つまり11月20日となります。秋もすっかり深まっているであろう時期でしょうが、そんな昼時の散歩も兼ねて足を運んでみるのはいかがでしょうか?きっとのんびりとしたひと時が味わえるであろうと思えます。
 なお当日の模様に付きましては狐神楽代表をされています狐丸さんのブログ( http://blogs.yahoo.co.jp/consamano1/34287350.html )にも取り上げられていますので、あわせてご覧頂けるとよりその様子が分かるのではないかと思います。何とも楽しいものでした。
 末尾ながらお誘い下さいました狐神楽の皆様、並びに様々な話を聞かせて下さい商店街有志の皆様、真にありがとうございました。縁日のますますの発展を願いつつ、今後ともよろしくお願い致します。

 写真は6枚目のみ2006年7月1日撮影、それ以外は2010年10月16日撮影。
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2010年10月05日

きつねの嫁入り祭りと狐神楽

【探訪日時】2010年10月3日
【場所】群馬県高崎市箕郷地区
【交通】高崎駅または北高崎駅より群馬バス「浜川経由箕郷行」「伊香保温泉行」「沖経由箕郷行」の何れかで約40分、箕郷支所最寄の四ツ谷まで480円、嫁入り行列スタート地点近くの箕郷田町まで500円。前橋駅からの群馬バス及びイオン高崎からの「ぐるりん」も有。

 さて昨年9月には栃木県那須町にてありました「那須九尾祭り」へと足を運んだものですが、あれから1年余りが経過した今回は、群馬県高崎市にて行われました「みのわの里のきつねの嫁入り」へと足を運んできました。
 この祭りは今回で第9回となるもので、高崎市の北部、かつて箕郷町として別の町であった箕郷地区にて開催されています。祭り自体は3年ほど前に知りまして、以来、毎年の様に行こう行こうと思っていましたが中々機会に恵まれず、ようやくこの度参加出来た次第です。
 会場は高崎市箕郷支所ですから遊びに来た狐塚君と共に、群馬バスの伊香保温泉行にて四ツ谷停留所まで揺られること40分余り。そこから歩いて100メートルほどの所に合併前は箕郷町役場であった高崎市箕郷支所となります。最も最初のイベントである「きつねの嫁入り行列」はここからスタートするのではなく、こちらはゴールとなりますからここにいても最後しか見る事は出来ません。
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 ではどうしてここに来たのか、と言うと実は今回は純粋な観覧客ではなく、友人のアリエッタさんが参加している神楽団体「狐神楽団」のお手伝いを兼ねていた為です。
 故に参加者向けの控え室のあるこちらに立ち寄り、先に到着している「狐神楽団」の皆様にご挨拶と打ち合わせをすべく、こちらに立ち寄ったのです。普通に参加するのであれば箕郷田町停留所で下車するのが近いものでしょう。
 よって今回のレポートは狐神楽の皆様と共に、と言う形からからのレポートとなります。

 自分と狐塚君は舞う事は出来ませんから、狐神楽の皆様の撮影係と言う事になりまして、打ち合わせるなり「嫁入り行列」のスタート地点までバスで移動。そして沿道から行列と共に移動して撮影を、する事になります。ちなみにこのスタート地点はパンフレット上では地区の集会所なのですが、実際は集会場と共に八坂神社がある、即ちお稲荷さんではありませんが鳥居の前と言う中々よろしい場所。
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 そしてそこから白面の狐メイクをした行列参加者によって作られた長い嫁入り行列が、高崎鳶職組合有志の木遣を合図にスタートし1時間ほどを練り歩く次第。狐神楽の皆様はその殿を、王子装束稲荷の提灯を手にして務める格好となっていました。
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 動き出したのは予定を10分弱経過した11時10分頃。その直前までチンドンの音に盛り上がりを見せていたものですが、行列の動き出しは一気にそのレベルを上げ、沿道に詰め掛けた人々の歓声とカメラの放列の中を、しずしずと太鼓の音に合わせながら行列は進んでいきます。
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↑花嫁と花婿、奥にいる太鼓の音が響きます。
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↑帯の向きが違う事に注目、お待ち女房の皆さんです。
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↑およそこの辺りで半分を少し過ぎた辺り。
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↑行列の殿を務める狐神楽の皆さん、王子より行列へ遥々やって来た、となっています。
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 また一定の間隔で「コーン」と言う掛け声と共に、行列参加者が一斉に狐のポーズを取る様も見られます。沿道の歓声もこの時とばかりに繰り返し繰り返しあがり、何とも盛り上がったものでした。
 そして狐神楽の皆様は衣装と共に狐面を身に着けている事もあり、「本物の狐さんが来た!」「かっこいい」と殿にも関わらず、かなりの人気ぶり。特に前述した掛け声に合わせてのポーズの際は殊更映えてたのは言うまでもなく、注目度も俄然それに従って上がります。
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 行列は予定では30分ほどで途中休憩となるのですが、矢張り今回は人出も多かった事もあってかゆっくりと進行。結果として10分ほど、開始の遅れとは別に遅れて休憩場所の東向八幡神社に到着します。
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 ここでは15分ほどの休憩がとられますから、その間は行列の主役たる狐の花嫁と花婿の撮影を始め、狐メイクと装束をした参加者それぞれが何らかの形で観覧客と触れ合いつつ、ひと時を楽しむと言う光景が見られていました。
 無論、それは狐神楽の皆様も例外ではありません。特に赤い髪が特徴的な白狐面を被った団長の狐丸さんは特に注目を集めておりまして、リクエストに応じてポーズを取り、あるいは記念撮影の中に納まって、と正に引く手数多の具合。
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 そんな中で瞬く間に時間は過ぎていき、再び始まった行列はゴールの箕郷支所目指して街中を練り歩いていき、ようやく到着したのは予定よりも20分余り経過した12時20分の事でした。なお道中にはこれまでにも増して観客、特にカメラを手にした方々がつめかけていたものです。
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 なお到着後もしばらく、撮影タイムが続いて盛り上がりを見せていました。また一部の撮影者の帽子等に某大手旅行会社のツアー名の入ったワッペンがあるのも見受けられましたから、ツアーが組まれる等もしていたのかもしれません。
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 その後は箕郷支所に設けられたステージに舞台は移ります。そこでは箕輪城址にある雲隠稲荷神社の祭祀の後、地元のサークルレベルから近隣の相馬ヶ原に駐屯する陸自第12旅団音楽隊に至るまで、様々な団体が各自の出し物を繰り広げる中、狐神楽の皆様も舞を披露の次第。
 以下の動画がその舞の模様でして、多くの関心と共に拍手を得ていたものです。また神楽拍子ではない舞と言うのも個人的にも興味深く思いましたし、撮影しながら中々楽しめてなりませんでした。

 それが終わった後は、控え室に自分と狐塚君も下がり、狐神楽の皆様と雑談したり、あるいは出店で売っている焼きまんじゅうを頬張りつつ日が暮れるまでの時間を過ごします。アリエッタさんの紹介により、こう言う機会を得る事が出来たものですが中々楽しく、何ともありがたいひと時でありました。
 ちなみに下の写真の焼きまんじゅう、サイズが小さいと思われるかもしれませんが、実際2つで通常のやきまんじゅう1つに相当するサイズの「ころやきまんじゅう」なる新商品。売りは汚れない、だそうですが確かに文字通りの一口サイズで口元は汚れる事はありませんでした。1串60円と言うのもかなりの安さでしょう。
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 なお「きつねの嫁入り祭り」ですから会場のあちらこちらに狐の姿があり、売店でも狐グッズが複数売られている等、それ等を見ているだけでも狐好きとしてはたまらない、至福の時間を過ごせたと言えましょう。
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 ちなみにパンフレットもこの時にようやく購入したのですがパンフレット単体でも、パンフレットときつねの嫁入り手拭のセット、あるいは嫁入り手拭のみの何れであっても500円と言うお買い得設定。よって当然パンフレットと手拭をセットで購入したものですが、この公式の手拭とは別に、数量限定の特性狐手拭もありました。
 こちらは自分は購入するに至りませんでしたが、狐塚君は購入して中々のご満悦でありました。ちなみにパンフレットとセットである手拭の狐は「つばき姫」と言う名前だそうで、街中にはためく上りには必ずその姿がありました。
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 なお狐塚君もその姿が注目されていまして、あくまでも私服なのですが時折、カメラを携えた人々からポーズを取ってくれ、と頼まれて撮影されていたのが滑稽であったと言えましょう。

 日も暮れて売店も次第に閉まる辺りから、いよいよ祭りは最後のメインイベントへと入ります。これが18時15分からの野外創作劇「みのわの里のきつねの嫁入り」でありまして、恋物語をベースに狐や箕輪城、最も重要なのは地域に伝わってきた農家の嫁入り儀式たる「貰い御祝儀」を織り込んでいる、その点でありましょう。
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 それだけでも中々、地域の歴史等に関心のあれば見入れてしまえる訳ですが、今回は特別に狐神楽の皆様が途中で婚礼を祝う舞を披露する一幕がありましたので、眺めつつ撮影をこちらでも行っておりました。そして終劇の後は参加者一同交えての記念撮影にて祭り自体がお終い、何とも地域の近所づきあいにも通じる緩さに満ちた、のんびりとした1日が夜の帳と共に終わりを告げるのでした。
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 なお興味深かったのは祭りが終わって間も無く雨が降り出した事でしょう。当日の高崎地域は昼頃に雨の予報と芳しい天気予報ではなく、途中で冷たい風が厚い雲と共に吹いてきたのでこれは途中で、と言う話すら時折していたもの。しかし雨は一向に降らず、終わると共に振り出すこの始末。これも狐の力かと、ふと別れ際に狐神楽の皆様と交わす等してしまう、そんな狐日和の1日でありました。
 なお来年は「きつねの嫁入り祭り」10周年と言う節目なので、これまでになく以上に盛大にしたい、との事ですから多いに楽しみなところです。

 末尾ながら当日、ご一緒する、また協力させて頂ける機会を下さいました狐神楽の皆様にこの場を借りてお礼申し上げたく思います。真にありがとうございました、またの機会ありましたらよろしくお願い致します。なお狐丸さんの書かれた当日の模様もございますので、こちらのリンク( http://blogs.yahoo.co.jp/consamano1/34199531.html )よりあわせてご覧下さい。
 そして来年10周年を迎える、この「みのわの里のきつねの嫁入り」を主催する実行委員会と地域の皆様にもお礼申し上げます。来年のご成功、お祈り申し上げます。
posted by 冬風 狐 at 03:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 狐名所・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

英国のキツネ事情

 さて久々の更新となりますが、今回は英国のキツネ事情について取り上げたいと思います。
 英国とキツネと言いますと、ブレア政権下でのキツネ狩り禁止法案の制定と言った事で国論が紛糾したりと色々と因縁深い点はある訳ですが、言い換えればそれだけキツネと人間社会が近しいところにある、と言えるのでしょう。
 そんなイギリスで今年の6月、ロンドン近郊の衛星都市にてキツネが双子の赤ちゃんを襲うと言う事件が発生しました。これは日本でも時事通信が報じており( http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_int&k=20100608025121a&rel=y&g=soc )、自分もここからこの事件を知ったと言うものでした。
 最もこの記事だけではあくまでも概要、と言うところですからやはり現地の報道も見てみたいもの。と言う訳で神をも恐れぬパイソンズ、韓○車と共産車とブリティッシュ・レイランドなんてぶち壊して当然、Poweeeeeeeeer!と叫んで仕方ない。でも米国南部の熱狂的福音主義者には敵わなかったジェレミーおぢさんの番組、それらを平然と流す伝統のBBCのサイトにて早速検索してみると、以下のリンクの様な記事が出て来ました。

 「How common are fox attacks on humans?」( http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/8726282.stm )と名付けられた、日本語で書くならば「キツネが人を襲うのはどれくらいありふれた事なのか?」とでもなるのでしょうが、事件の報道と共に英国におけるキツネ事情を紹介している点で興味深い記事と言えるでしょう。
 全てを訳すのは興醒めですし。冗長ですからポイントとして「THE ANSWER」の欄を見てみる事にしましょう。ここではまずキツネが人を襲う事はきわめてまれである事「Fox attacks on humans are very rare」が挙げられいます、この辺りは過度のキツネに対する警戒心や恐怖心をあおらない為、と言うのもあるのでしょう。
 次に挙げられているのは、しかし時には苦痛を与えると噛み付く時もある「But they do sometimes bite if distressed」。そして毎年この時期は生後三ヶ月の子ギツネたち自身の探索をする、「And at this time of year, three-month-old cubs are starting to explore on their own」。つまり巣離れをして、それぞれの縄張りなどを見つけ出す時期であると読める一文から構成されています。
 また本文自体とあわせて読むとどうやらまだ若いキツネが、何らかの事情で家の中に侵入し、赤ん坊に噛み付いたのでしょう。
 なお家の中に侵入する事例としては食べ物の匂いに惹かれて、と言う場合があるようです。布団の中に侵入して寝ている時もあると言うのはお茶目ですが、無用な面倒ごとは避けようとするところがなんとも人間的です。
 そしてこの事件そのものを報じた記事( http://www.bbc.co.uk/news/10251349 )では、この事件を受けて被害を受けた家の裏庭に罠が置かれ、日曜日に1匹のキツネが捕獲され「Humanely killed」、つまり安楽死処分された模様です。
 事件自体を報じた記事の末尾には2002年にも同様の事件があったとの事で、非常に稀な事例と言うのが端々で繰り返されていますが数年に一度は起きている事なのでしょう。
 
 なお「How common〜」の記事へ戻りますと、英国の都市部にどれだけのキツネが住んでいるのか、と言うデータが載っています。
 この辺りはキツネではなくタヌキが、NHKの番組でも特集が組まれるほど住んでいる東京の事例とも比較できる機会があればしてみたい、と思えてしまうところですが「225,000 adult rural foxes and 33,000 urban foxes roam Britain」。つまり英国全土で258000匹いるキツネの内、33000匹が都市部に住んでいるのですから7〜8匹に1匹の割合で都市に住んでいる計算と言えます。
 一方で日本にどれだけのキツネが住んでいるのか、と言うデータは環境省作成の資料( www.biodic.go.jp/cbd/2/ei3-3-8.pdf )によると平成13年に作成されたものでは、10万頭を超える程度。
 最も根拠となっている資料の一部が1981年のデータですので最新のではない、と言えるところですが個人的には大体その程度ではないのかと言うのが印象です。
 何故なら本州に比べて圧倒的にキツネを見る機会の多い北海道、つまりキタキツネに関して国立感染症研究所の資料( http://idsc.nih.go.jp/iasr/22/260/dj2605.html )では疥癬の流行による個体数の現象が指摘されています。
 加えて4年ほど前に北海道の温根湯温泉にキタキツネを見るべく訪れた際、帰りの留辺蘂駅までのタクシーの中で運転手の方より伺った話でも、以前は夜になれば駅前までキタキツネが現れたのが最近はめったに見なくなった。との事ですから、我が国におけるキツネの少なさは単純な国土面積の差を除いても英国に比して明らか。
 対して英国のキツネの生息数は大きく、故に都市部に進出していても不思議ではないのかもしれません。そして1930年代以降に都市部でのキツネが確認されるようになった、と言う行もまた興味深く。ちょうど歴史的に見れば第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期であり、欧州にはファシズムとコミュニズムが渦巻きつつあった時代ですが、一体どうしてそんな時代に?と興味は尽きません。

 それ以外にもキツネの野生化での寿命の話題や「fox-lover」即ちキツネ好きが設立した「National Fox Welfare Society」なる団体、そして野良狐に対して好意的な英国の世論等に触れられている、興味深い記事であると言えるでしょう。
 日本では同様な調査があるのかはわかりませんが、狐耳だとかそう言うのに対する萌と無理やり関連付けてみるのも有かも知れません。なお前述の団体のサイト( http://www.nfws.org.uk/ )を拝見しましたが、中々キツネ好きとしてはおいしいサイトでなりません。
 それ以外にもBBCには「RED FOX」と題されたページ( http://www.bbc.co.uk/nature/species/Red_Fox#intro )があり、中々キツネ好きのツボをついていると言えましょうか。最も各種動画に関しては日本からの視聴が出来ないのが残念ですが、メスキツネの鳴き声が聞けたり動画こそ見れないものの、キャプションからどう言う内容なのか想像するのもまた面白いのではないでしょうか。

 キツネが赤ん坊を襲う、と言う記事から始まって色々と見る事になって、この様なブログを書いてしまった訳ですが興味深さと共に、改めて我が国のキツネ事情が気になってしかない、そんな心地でありました。
 拙い英語力で辞書を片手に読み解いていたので、読み違い等があるかもしれません。その様な点が若しありましたらコメント欄にてご指摘頂ければ幸いです。
posted by 冬風 狐 at 03:37| Comment(0) | TrackBack(0) | キツネ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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