2011年07月19日

狐神楽で撮影旅行に

 どうも昨日は本当に天気が良くて助かった、と思っている狐です。
 昨日、つまり7月18日は久々に東北地方へと足を運んできました。東北地方、として見ると4月と6月に福島県いわき市へ足を運んでいますから今年3度目となりますが、いわき市は茨城県との県境付近で東京とのつながりが強い、つまり関東の延長と言えてしまえる範囲にあります。
 そうなりますと今回足を運びました岩手県は正に東北。故に久々の東北地方と言えるものでしょう。そしてこれは自分が参加している狐神楽の撮影旅行の為でもあり、JR東日本パスを使っての1日となりました。

 東京駅を7時16分発の「はやて211号」にて出発し、途中の上野と大宮で合流した今回の撮影旅行の参加者7名が下車したのは岩手県は水沢江刺駅の事でした。
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 ここからバスに乗り換えて向かったのは「歴史公園 えさし藤原の郷」。ここは大河ドラマで作られたセットを基として整備された、奥州藤原氏にちなんだ施設となっており、狐神楽の持っている世界観にそれらの建物が合うとの事から今回の撮影旅行が企画されたと言う次第です。
 事前に施設の方には百合之介さんがその旨を伝えておいて下さいましたので、荷物の置き場所、また着替え場所として用意されていた場所に一旦立ち寄って支度をしてから早速撮影へ。
 今回、自分は狐面こそあるものの衣装がありませんし、また狐神楽の中における狐としての設定も確定していない事から旅行全体の管理と撮影役に徹する事になりました。
 全体として要した撮影時間は11時頃から16時過ぎでしたのでおよそ5時間にて5名、役柄としては6役を撮影すると言う中々の過密スケジュールでしたが、天気も良かった上に観光客の方も三連休の最終日と言うのもあってか少なかったのが幸いし、何とかこなす事が出来たものでした。P7180540.JPGP7180603.JPG
 最も天気が良かった、つまり関東に比べると湿度が低い暑さであったとは言え、かなりの暑さであったので参加者一同汗だくになっていたものです。それでも充実した時間でありましたし、今回撮影した写真は今後、様々な場面で活用していく事になるでしょう。

 撮影を終えて、バスが終わっていたのでバスで水沢江刺駅に戻り、仙台へ移動して夕飯。食べたのは時間の都合もあり仙台駅地下のレストラン街となりましたが、比較的安価に牛タン、また牛タンにちなんだ料理を食べる店にありつけたのも美味しかったものです。また疲れた体には芋焼酎も心地よいものでした。
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 そして東京に戻る新幹線は自由席利用、かつ混雑していたのでばらばらに座ってしまいましたから解散は流れとなってしまったものですが、全体として上手く行ったものでしょう。
 それにしましても個人的にはこんなに早く、狐神楽として旅行、それもテーマを持った撮影旅行が出来る様になるとは、と言うある種の感慨深さも抱けてしまったものでした。それだけ活動として流れが出来てきた、と言う事でしょうし、今後とも様々な形で協力していけたらと思えてしまえたのでした。

 写真は全て2011年7月19日撮影。
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2011年06月14日

装束稲荷の掃除な土曜日

 どうも先の土曜日は装束稲荷の掃除をしていた狐です。
 装束稲荷と言うのは、自分が参加させて頂いております狐神楽が関係している王子にあるお稲荷さんの事で、以前から度々取り上げています「装束ゑの木市」はその縁日と言う位置付けになっています。
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 よってそのゑの木市に何等かの形でより関わる、これはお世話になっているからこそお礼をしたい、と言う話に以前からなっていたものでした。そして今回、それを形にする第一歩となったのが、装束稲荷の掃除であり、管理している王子の方の許可を得た上で取り掛かる事になったのでした。

 当日は生憎の雨模様。とは言え前日の天気予報では昼過ぎから曇りとなっていましたので、昼前に装束稲荷へ到着した辺りにはすっかり雨が上がっていたのは幸いの一言。
 ちなみにその時は自分と百合之介さんの2人のみの参加となっていました。これはあくまでも自主的な、また狐神楽の中でも都合の付く人だけが参加すれば良いと言う、ある意味「緩い」のが特徴な活動であるからとも言えましょう。
 今回手がけたのは社務所の上にある神楽殿の掃除。最初は掃除機で仕上げる予定でしたが上手く電気が流れていなかったので諦め、急遽購入してきたコロコロを転がすとあら不思議、ものの数分でぴかぴかになりました。
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 ちなみにこの当初使おうとした掃除機はかなりの年代物で、1985年に製造された「Taro」と言う名前の三洋製の物。三洋電機の昔のロゴマークを見たのも久々の事でしたし、そもそも三洋電機自体が今は存在していないのですから、様々な意味で中々のレトロアイテムであったと言えるでしょう。
 なのでコロコロをかけつつ、神楽殿の中に置かれている物の整理などでおよそ1時間ほど費やしたと言えましょう。神楽殿自体はそう大きくはないのですが、大きくないからこそ色々と詰まっていたもので、それ故に時間がかかったと言う訳でした。
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 そして簡単な昼飯を兼ねた休憩の後は窓拭き掃除に、こちらは途中から参加した狐塚君が手がける事になりました。普段から家の窓を良く拭いている、と言うだけはあって見ていると中々の手際の良い拭きっぷりに百合之介さんとと共に感心しつつ、ふと別の方角を見ると何やら見慣れた顔がこちらを見つめています。
 そう何故か、と言っては何ですが、同じく狐神楽のメンバーである狐耳君が現れたのです。何でも東京に出て来て時間があるのでふと立寄ってみたら、と言う偶然の産物であった様でそれで少し盛り上がったりしつつも、のんびりと手がけられる範囲の掃除を続けていき、最終的に装束稲荷を後にしたのは18時前の事でした。

 その後は途中で予定のある狐耳君は離脱し、狐塚君並びに百合之介さんと夕飯を食べつつの雑談となりました。その場所となったのは大震災の影響により長らく休止していたものの、先日何と営業再開を果たした狐塚君の働いている料理店。
 王子からしばらく移動した場所とはなりましたが、中々美味しいと評判の店ですし、初めて来店された百合之介さんも中々満足していた様子であったのはふと安堵出来たものと言えるでしょう。また中々、こうして話を出来る機会と言うのもある様でないものですから、色々な話題に関して話を弾ませてしまったもので、ようやく店を後にしたのは終電も近い時間の事でした。

 そんな具合であっという間に過ぎ去っていった1日でしたが、普段の狐神楽の活動とはまた違う意味で充実していた、何とも恵まれた1日でありました。
 また改めて自分だけ、あるいは狐神楽だけで活動出来ているのではない、と認識出来た日としても真に有意義であったと言えるでしょう。だからこそ今後ともそれを大切にしていきたいと思えますし、今後とも何卒よろしくお願い致します。

 写真は全て2011年6月11日撮影。1枚目は装束稲荷の社務所兼神楽殿と御神木の榎、2枚目はシャッターが閉じられている状態の社務所兼神楽殿、3・4枚目は掃除中の様子、5枚目は手前から百合之介さんと自分の狐面に神楽殿の中で眠っていた狐面を並べた様子となります。
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2011年05月31日

狐神楽の新たな狐「霧若丸」

 先の日曜日は1ヵ月振りの狐神楽の稽古となった狐です。
 本当であれば先週の日曜日にも予定はされていたのですが、諸般の事情により中止になりましたので心待ちにしていたものでした。
 とは言え、その前に立寄る所に立ち寄って盛り上がった等してしまったので、稽古の開始時間には間に合わずやや遅れての到着となったもの。今回の参加者は百合之介さん、とんかつさん、夕吉さん、月姫さん、そして自分の5名となり、メインの部屋では百合之介さん、とんかつさん、夕吉さんの3人が踊りの稽古をしていましたから、別の部屋にて月姫さんと共に自分は太鼓、月姫さんは笛の稽古をして過ごしていました。
 遅れて参加した事もあり、自分が稽古を出来たのは1時間少し程度とやや短めではありました。とは言え、自宅ですと太鼓を叩く事は厳しいものがありますし、その点において矢張り短時間とは言え太鼓を叩く事が出来ただけでも良しと個人的には言えるところです。

 さてそんな稽古の片隅に置かれた机の上に何やら見慣れぬ物が置かれていました。
 それは狐面。狐面自体は狐神楽なので有り触れた個々の装備の1つでありますが、今回見かけたのは新たな狐面、それ故に見慣れていなくて当然であったと言う訳です。
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 その狐面の名前は「霧若丸」、夕吉の新しい狐面であり、百合之介さんの火狐面やとんかつさんの水狐面、狐耳君の土狐面に続く第4の職人によって打って造られた狐面となります。
 1ヵ月かそれほど前にいよいよ造る事になる、と言う話は耳にしていましたが中々早い段階で出来上がったもの、と言う印象をふと抱いてしまったものでした。
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 ちなみにこの狐面「霧若丸」は名前の通り、子狐を意識しています。これは被る事になる夕吉さんと関連してのものですが、中々愛らしい顔でありますし、実際にこの狐面が舞台で舞う所を見るのが何とも待ち遠しく思えてしまうものです。
 ちなみに自分の場合はまだ自前の衣装すらないのでこの様な話は当然ありません。そもそもちゃんと舞台に出た事も実質的にはまだない新参の身ですから、今は静かに出来る事をするのに徹している、そんな状況であります。
 また自分の役柄が「木狐」であるからか「きりわかまる」と聞いた時、ふと脳内に「霧」ではなく「桐」の文字が浮かび「桐若丸」と勝手に浮かべていた、そんな余談にもふと触れておく事と致しましょう。なおこの「霧若丸」の役柄は「水狐」ですから「霧」の字が至極、相応しい文字であるのは言うまでもありません。
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 なおこの件は百合之介さんのブログでも取り上げられていますので、興味のある方は是非ご覧下さい。以下のリンクがそれとなります。
 http://blogs.yahoo.co.jp/consamano1/35634023.html

 写真は全て2011年5月29日撮影。
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2011年04月04日

久々となる太鼓の稽古

 どうも昨日は久々に太鼓の稽古が出来た狐です。
 太鼓の、と書くように本物の太鼓を使う機会はこれが2度目でありまして、浅草にある民間のスタジオをお借りしてのおよそ2ヶ月ぶりの稽古ともなりました。
 本当であれば先月にも、場所こそ違うとは言え稽古が行われる予定でありました。しかし東日本大震災の影響による東電の計画停電、つまり電気不足に対処する為の節電の為に、お借りしている施設が夜間の貸し出しを当面行わなくなってしまった為、出来ずに流れてしまったと言うのも働き、数日前に稽古をする旨の連絡があって以来、何とも心待ちにしていた訳です。
 最も当日は早朝に夜行快速で東京に名古屋から戻り、一旦帰宅してから再び東京に出る、と言うもので計画自体に結構ハードなところがあったのですが、いざ変えるとふとした用事が生じ、稽古の集合場所への到着がしばらく遅れてしまう、そう言うハプニングもありましたものの、何とか稽古場にたどり着き4時間余りを途中わずかに雑談をはさみつつも、太鼓の稽古に明け暮れたのでした。
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 前述した様に本当に久々の稽古になりましたので、本来ならば自宅で自主練をしておくべきだったのでしょう。しかし欧州旅行中はともかく、帰国してからの日々が余りにも忙しく、そして劇的と言う言葉を使えるほどに想定していなかった、ある意味では早すぎる出来事が起きてしまったので、とても太鼓の自主練をする余裕がありませんでした。
 故にどうにもぎこちなく、また今回はこれまでしてきた曲とは違う新しい曲を習ったと言う事もあり、しばらくは何とも上手くいかず軽く冷や汗をかいてしまったものです。
 とは言え、30分ほどしていると段々と思い出してくるもので、終わる頃には何とかある程度は叩ける様になりましたから、今後はこれを忘れない様にしばらく繰返して行きたいものでしょう。
 ちなみに参加したのは狐丸さん改め百合之介さん、夕院さん、月姫さん、水狐さんそして自分の5名に加え、今回からは狐塚君も参加した次第。狐塚君については今回が初稽古かつ初太鼓となりましたので、見ていてふと半年前の自分を思ってしまいましたが、自分よりも筋は良い様で終わる頃にはある程度叩ける様になっていました。

 そんなかんだで時間はあっという間に過ぎて22時になった時は何とも名残惜しかったものです、次に狐神楽として一堂に会するのは第三土曜日のゑの木市となります。今回習った曲は今後の狐神楽の中で最も使う事になるであろう、そう言う曲故になるべく早く基本となるその流れを習得しなければならないものでしょう。
 そう言う意味でも今後の見通しが改めて付いた事を考えれば、矢張り参加してよかった、そして稽古とはいいものだと思える新年度も始まって間も無くのひと時でありました。
posted by 冬風 狐 at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

修繕でまた狐面をリニューアル

 どうもまた狐面の色合いが変わった狐です。
 これは前回、王子消防署のイベントに狐神楽の一員として参加した際、月姫と言う名のおてんばな「おぢさま」に、悪戯されまして狐面がしょげてしまった為に気分一新と言う事で塗り直し・・・ではなく狐面が月姫さんとぶつかった際に地面に落下し、一部が破損してしまったので修繕も兼ねて塗りなおした次第です。
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 破損した事自体は前回の記事でも触れた通りで、一旦ニスを塗って固めてから色を塗る、ついでに顎周りが濃い緑一色でしたから当初は明るい緑を破損した箇所を中心に塗り、2色の顎周りにする予定でした。
 ところが色を塗り始めて間も無く、いきなり襲ってきたのが月姫さんでも土狐君でもなく地震。そう11日の東日本大震災の本震であり、色々と安否確認等で塗る作業を中断して途中のまましばらく放置しなくてはならなくなりました。

 地震でしばらく放置して変な乾燥をしてしまったからか、それとも早く塗ってしまわないと言う気持ちで焦り水を多くし過ぎてしまったのか、その原因は分からないものの、しばらくの中断後に色を塗り上げて乾いた狐面を見ると、新たに塗った箇所のひび割れが酷く見栄えがどうも良くありません。
 故に更にその上から色を塗ってしまう事にして再び作業をした結果、左頬は渋い緑、右頬は明るい緑の2色の筋を引き首側の顎周りは白く塗って仕上げる事になりました。
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 最もその時は白い部分は乾いた後、新たに何か色を塗る考えでいました。いわば下地の白、と考えていたのですがいざ塗ってみると意外と悪くない色合いになったので、そのまま採用したという次第です。
 残念な事にこちらも乾燥してきますと若干のひび割れが生じておりました。とは言え次に狐面を表に出す機会、3月のゑの木市まで時間もありませんし、どうしてひび割れが生じるのか突き止められていなかったので、対処のしようがありません。つまり新たに塗ったとしても更なるひび割れが起きない保証がなかったので、当初の緑に仕上げた時よりも生じたひびが目立たなかったのも考慮して、このままニスを塗って完成としたのでした。
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 そんな訳で完成した狐面、風麿面3代目塗装。土狐に髭を1本抜かれ、その部分が桃色に染まり、月姫に弄られて顎の毛を抜かれて、白く生え変わってしまった次第ですが今後ともよろしくお願い致します。なお鼻筋や目元なども薄く白く塗った事を末尾ながら書いておきましょう。
posted by 冬風 狐 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

緑の衣装を身に纏った日

 どうも狐面を被っていると少しは花粉症がマシになる狐です。
 先月の半分は欧州に行っておりましたから、半ばにありました二の午には参加出来なかった事もあり、3月6日の日曜日はほぼひと月ぶりの王子となりました。2月と比較すると矢張り暖かい、と言うのが一番感じた事でしてその様な中、今回は初めて衣装を調えて狐面を被って行事へと参加してきた次第です。
 その行事と言うのは王子消防署主催のイベント「防火防災感謝祭」への出演、と言うもので今回参加したメンバーは火狐さん、月姫さん、土狐君、夕院さんそして自分、風麿の五狐と言うところで個人的には水狐さんがいないのがちょっと意外なところでしたがこう言う時もあるのでしょう。

 狐神楽に加わってからそろそろ半年と言う所になりますが狐面や撥は手に入れたものの、実はまだ自らの衣装と言うものがありません。それ故にこれまでのゑの木市では頭にこそ狐面を被りますが、基本的には普段着のままで参加しておりました。よって役割も決まったのも踏まえてそろそろ衣装を、と言う話も少し前より出て来ており、しばらくは土狐君の昔の衣装を借りてはどうか、とも話をしていたところでした。
 とは言え当日、王子に行くと、これもまた縁なのでしょうが王子にて色々とお世話になっている菊秀さんより、多少焼けてしまっているとは言え緑と青の衣装を貸してもらえる事になり、それをお借りして身に纏う事になった次第。
 正直袴は初めての事で、色々と土狐君に手伝ったもらいつつ着用。元々細身なので洋服でも着るサイズは結構注意しているのですが、和装ではそれがより際立ってしまい、少し動くと上着が肌蹴気味になると言う問題こそ発覚しつつも何はともあれ着れましたので、荷物を持ってしばらく歩き、会場の王子消防署へと向かったのでした。 
 
 会場は好天にも恵まれた為、多くの人で賑わっておりました。そんな中でしばらく待機してから小規模ではありますが消防署の敷地内で小さな円陣を作り、菊秀さん製作の紙製の狐面や裃を身に着けた子供達を交えて太鼓の音にあわせて狐の行列をすると言うのが今回の内容。
 これまでは専ら撮影役等をしていたので、こう言う形で中に入るのは初めてでしたから、色々と戸惑いつつもこうかこうかと試行錯誤しながら行列をしたものでした。今回写真が殆どないのは普段は撮影役の自分が行列に参加していた、その為でもあります。
 色々と試行錯誤していたのが良く現れているのが下の写真でしょう、これは会場を後にして着替える場所にて撮影した集合写真ですが奥で普通に立っているのが自分、風麿です。一応、手でポーズは取っていますが明らかに1人だけ背景と化しています。
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 初めてなので致し方ないのもあるかもしれませんが、次からはもう少し動きをとってみたいものです。そうしないとこうして後々に写真を見た時に、軽く黒歴史になりかねません。
 また今回、繰返す様ですが初めて衣装を身に纏いますと色々と関心が出て来ます。即ちそれは衣装に対する関心と言うもので、これまでは将来的なもの、と言う具合で見ていましたが距離がぐっと縮まった、そう言う印象を抱けます。写真を見る限りではしっかりと衣装を新調出来たなら、手元の皮膚の部分も覆えたりするのも良いかもしれない。
 つまり頭に布を巻いている様に、手の甲もそうやって何かを巻いて皮膚を露出出来ない様にする、そうしてしまった方が色々と狐らしくなれるのではないかと思ってしまったものです。最もまずは中身、つまり担当する太鼓が満足に出来なくては困りますから、そちらを重視するのが重要なのでしょう。

 その後は、土狐君こと狐耳君がTwitterのフォロワーさんである鉄路野狐さんをお呼びしており、来て下さったので夕方の稽古までの空いた時間は都電に乗ったりしてぶらぶらとして軽いオフ会となった次第。鉄路さんは自分のフォロワーさんでもありますが、まさかこうしてお会い出来るとは思っていなかっただけに中々楽しかったものです。
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 また都電に関しても久々の乗車となり、現在都電で運用されている形式の全てを見る事が出来る等、色々と和めるひと時となったのでした。三ノ輪橋にある都電の停留所を挟んでいるお稲荷さんと龍神さんにも久々にお参り出来たのも幸いなものです。

 そして鉄路さんと上野で別れた後は浅草に移動し稽古へ。普段は地下鉄で行き、駅から歩いていくのですが今回は都電で途中下車を幾度もする事を踏まえて、都営のフリー切符を購入し使っていましたから都バスで浅草へ。地下鉄よりも稽古場の近くまで行けますし、地下鉄を利用し駅から歩くのと時間的には大差ないのも踏まえると、今後はこの系統を良く使う事になりそうです。
 稽古自体は1月以来の参加にもなり、少しばかり雑談が暴走してしまい失礼した面もありましたが、基本的には太鼓の稽古で終始しておりました。
 矢張り自宅等ですと自分で練習していても音の問題等でしっかりと叩く事が出来ず、生煮えになってしまうところがあるだけに改めて稽古のありがたさを痛感します。今後も可能な限り参加していきたいものでした。
 さて次に王子へ行くのはゑの木市に際しての事になるでしょう。それまでに色々とまたして行きたいものです、何よりも今回、ふとした事情により一部破損してしまった狐面も修復しないとなりません。
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 幸いにして時間は2週間ほどありますから修復も兼ねて、わずかではありますが色合い等を変更してみようかとも考えつつの帰国後初めての狐神楽の1日でした。
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2011年02月27日

パリの狐神楽の面々と会う1日

 どうも縁とは本当不思議なものだなと思う狐です。
 狐神楽との関係も正にその1つでありますが、今回はその縁から生まれた1つの縁と出会うべく日本を遠く離れた異国の地へと赴きました。
 向かった先はパリ、そうフランスの首都です。最もその為だけにパリまで日本から往復したのではなく、狐神楽と出会う辺りから企画していた狐塚君との欧州旅行の一環として、しばらく滞在していたベルリンより日帰りで往復したと言う次第でした。
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 最もこのパリ行もその時点で予定に組み込まれていた訳ではありません、実は確定したのは旅行に行く1ケ月ほど前。これは狐神楽に加わってから、最初の新年を迎えようとしていた昨年の年の瀬に知った新たな狐神楽のメンバーの存在があります。その名は弓姫と雪姫、何でも普段はパリにいて以前から狐丸さんのブログに書き込んでおり、年末に日本に帰ってくるのでその時に狐神楽の面々と会う、と言うものでした。
 とは言えこちらは諸般の事情により折角、彼女等が狐神楽の面々と会うべく王子に来ている時には自由に動く事は叶いませんでした。これは狐塚君も同じで、彼女等と同じく2人である自分等は狐神楽のメンバーの中で実際に面識を持った事の無い組み合わせとなってしまった訳です。
 だからこそ新年となってから稽古やゑの木市の場で、彼女等の話を聞く度に会ってみたいとの思いが強まったのは言うまでもありません。また年が明けてから彼女等、中でも弓姫さんとブログを介してやり取りをしている内に思いは更に強まり、2月の欧州旅行の際に比較的時間が空いている、また諸般の条件の整っているベルリン滞在の1日をパリに割く事に決まった次第でした。

 そう言う訳でベルリンの宿を出てタクシーでテーゲル空港に向かったのはまだ暗い早朝5時半頃の事。利用する赤い塗装が印象に残るドイツのLCCであるAir Berlinでようやく明るくなってきたベルリンを飛び立ったのは7時前の事で、機内で出された軽食を食べつつ途中で少しうつらうつらしながらも、パリのオルリー空港に到着したのは8時半頃の事でした。
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 そしてそこからはフランス以外では見た事の無い、ごろごろと回すマウス的な物の付いている自動券売機に戸惑いつつ、Orly ValとRER B線を乗り継いでパリの中心部にあるSt-Michel-Notre-Dame駅で下車します。
 この駅名、サンミッシェル・ノートルダム駅と日本語に直すとなる様にノートルダム大聖堂の目の前に出口のある駅でして、この前の広場で弓姫さんと合流する事になっていました。
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 とは言え少しばかり早く着いたのもあってしばらく広場をウロウロと。途中で募金を求める一団に纏われたりもしましたが、無事に弓姫さんと合流してまずはノートルダム大聖堂の中を見学して色々と話をしつつ、更に周辺をぐるっと歩いてからいざ弓姫さんの自宅へと向かいます。
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 弓姫さんの自宅はパリの中々良い場所にあり、空港から都心までの妙な緊張感の漂う中を歩いてきた自分達としては中々落ち着けたものでした。そしてそこで雪姫さんとご対面となり、挨拶と共にコーヒーを交えた雑談をしてから、お2人の案内でパリの骨董市であるクリニャンクールへとメトロで向かいます。
 なおその途中、狐塚君が下の写真の様に謎のポーズとなりましたが風麿流のジョークですので何の問題もありません。
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 パリと言う街は初めてだったものの、日本にいる時からかなり治安が悪い、と聞いていましたが実際に歩き、そして弓姫さん、雪姫さんからの話をうかがうと、これまでに立ち寄った欧州の各都市とは全く違うその顔には何とも驚かされたものです。少なくとも鉄道を利用してこれほどまで緊張した経験は初めてのものでした、またベルリンやロンドンでは見た事が無いほどの多くの物乞いや物売りの姿は強く印象に残っています。
 しかし一方ではこれ等は格好の関心の対象でもありました。都市だとかその辺りを軽くかじっていたのもあるかもしれませんが、実情と共に形成過程と言うのは大いに興味を惹かれるものです。
 だからこそ以前に日本で読んだフランスのバンリュー問題を取り上げた書籍で得た知識との符合や比較は大いに楽しいものでした。そしてそう言う社会状況と共に建築物に関しても、ロンドンやベルリンとは異なる如何にもフランスらしい姿には視線が頻りに向かって止みませんでした。

 そしてクリニャンクールはとても面白かった、と言えましょう。ロンドンのAngelの骨董市では28ポンドも使ってしまい、ちょっと財布が寂しかった事、またスーツケースの容量等を踏まえてあくまでも眺めるまでに止めてしまいましたが、色々と心惹かれる物は多くあり、ロンドンのそれよりもかなり大きいその姿には大いに興味を惹かれてなりませんでした。
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 それでもある骨董品店で見かけた各国の紙幣、偽造物も混ざっているかと思いますがそれ等には手が伸びざるを得ませんでした。1枚1.5ユーロと言う価格もありましたが、韓国の10チョン紙幣、共産中国の1角紙幣と経済成長に伴うインフレに伴い、実質的に消滅してしまった補助貨幣単位。
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 また戦前のドイツの1レンテンマルク紙幣やユーゴスラビアやポーランド人民共和国と言った過去の国家、そして経済混乱期のロシアのクーポンとわざわざベルリンに行って、かつてのKPD本部は今どうなっているのか気になって見に行ってしまった身としては大いに食指が動く範囲の物を9枚ほど購入してしまったものです。
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 全体としてみるとユーゴスラビアとポーランド人民共和国、そしてロシアの紙幣が多かったのが印象的でした。また本来であれば13.5ユーロ要するところ、10ユーロに負けてもらえたのは嬉しいところ。それ以外でも緑色の面白い帽子も見つけたりしつつ、すっかり満喫出来たクリニャンクール歩きでした。

 再びメトロに乗って弓姫さんの近所へ、そして料理店にて中々美味しい昼食に舌鼓を打ってから一旦自宅に立ち寄り、軽い休憩の後にセーヌ川沿いに歩いて探索をしながら凱旋門まで散策となりました。軽く霧雨も降る中でしたが話も弾んであっという間のひと時であったのは言うまでもありません、狐神楽における狐としてのキャラクター的な話でも、またそれ以外の個人的な事柄でも盛り上がりました。
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 特に雪姫さんと色々な接点、それは間接的ではありますが育った土地や地域を通じて接点があった事には互いに驚いてしまいました。またドイツに関して自分はベルリンが中心ですが、雪姫さんはミュンヘンと場所こそ違いますが、そちらにおいても関わりがあったのもあったのは驚きであり嬉しかったものです。
 そんな具合なのでシャンゼリゼ通りに抜ける辺りまでは、雪姫さんと自分、そして狐塚君と弓姫さんと言う組み合わせに軽く分かれており、自分達の方がやや足が速かったので途中で間隔を調整しつつ凱旋門へとたどり着いたのでした。
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 よって全体としては狐神楽よりもそれ以外の話の方がメインだったかもしれません、しかし初めての対面であったのを踏まえると良い展開であったかと思います、だからこそメトロの車内で別れる時は寂しいものでしたし、また何時か必ず会いたいと思えてなりません。

 何はともあれこの場を借りる形となってしまいますが、当日は弓姫さん並びに雪姫さんには色々と面倒を見て頂きありがとうございました。
 またどこかで、それがベルリンかパリか東京か、は分かりませんがお会い出来たら幸いに思うばかりです。そして夜叉君や雪椿君にもよろしくお伝え下さい。

 写真は紙幣の写真以外全て2011年2月21日撮影、1枚目はセーヌ川沿いにはためいていたフランス国旗、2枚目はテーゲル空港に駐機中のAir Berlinの機体、3枚目はオルリー空港にあった空港公団のマーク、4枚目はメトロの駅にあったフランス独特の形をした券売機、5枚目は生暖かい微笑で、6枚目はクリニャンクールの入り口、7〜9枚目は2月27日撮影のクリニャンクールで購入した紙幣、10枚目はパリで食べた昼食、11枚目はセーヌ川にかかるルーブル美術館へと続く橋、12枚目はコンコルド広場のオベリスクと観覧車、13枚目は凱旋門となります。
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2011年02月13日

結局持ってきてしまった撥

 どうも結局撥を手にして欧州へ来てしまった狐です。
 以前の記事にも書いた通り、形状として棒状ですから航空機の保安検査で引っかかるのではないかと危惧していたものですが、何だか置いていくのが忍びなく、結局楽譜と共にかばんに入れて持って来て空港へ行ってしまいました。
 そしてそのまま機内持ち込み鞄に入れて保安検査へと向かったのですが・・・全く引っかかる事は無く、そのまま機内に持ち込んで今、この記事を書いているロンドンのホテルの机の上にあると言う次第です。形状として棒ですが木材なので引っかからなかったのかもしれません、最も日本の空港の検査は欧州の空港に比べると緩いのでその辺りも考慮しなくてはいけないでしょう。
 取り敢えず今、ロンドンは深夜の2時半頃ですし日本の様に深夜営業の店もそうある訳ではありませんので、音を立てずに、撥を手にしてしばしの練習をする時間は結構あるもの。
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 流石に狐面は持ってきていないのでロンドンのホテルの中とは言え、ゑの木市でしている様な格好を完全にする事は出来ませんが、改めて狐神楽と言う存在が自分の中で一部になりつつあるのだなぁと、今回の採った行動には我ながらその様に納得出来てしまえてならないのでした。

 何せ機内でも狐塚君と共に狐神楽について、特に狐塚君がこれから製作する狐面についてしばしやり取りをしていた物です。そのお陰でこれまで4回成田〜ロンドン線は使っていますが、最も体感した時間の経過と言うのは短く、そして快適なフライトでした。
 また予定では来週、パリにて狐神楽パリ支部の皆さんともお会いする予定です。それ以外でもTwitterを通じて知り合った方々と幾らかお会いする、これまでの欧州旅行と比較して人に会う、その要素が多く含まれている行程になっています。だからこそ色々と今までにも増して見て回りたいものですし、そしてその中で日本における自分を意識する事が出来たら、そう思えてならない現況報告でした。
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2011年02月09日

無事に終わった初午の1日

 どうも昨日は装束稲荷の初午に参加してきました狐です。
 今年はお稲荷さんが伏見稲荷のある稲荷山に鎮座されてから1300年目の節目であり、その様な初午に立ち会えた事、それもただ訪れるのではなくある程度はその運営を手伝う事が出来たのは大変貴重かつ嬉しいものでした。
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 最も普段のゑの木市と比較するとその度合いと言うのは小さかったと言えるでしょう。これは初午と言うのは去年から始められた毎月第三土曜日のゑの木市と異なり、古くから行われている縁日であり祭礼でありますから、結果として地域の方々がその主体となります故にその大半の時間は狐神楽関係の撮影や案内等、その様な事に時間を費やしていたものでした。
 初午ですから装束稲荷とは線路を挟んだところにある王子稲荷でも祭礼が行われていた事、また初午の縁日は火伏せの縁起物である凧を売る凧市でもある事から多くの人がお参りに来られ、装束稲荷の一帯は一時は立錐の余地も無いほど人が集まり、それは盛況な有様でした。
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 その中で甘酒の無料配布も行われていた他、普段と同じく栃尾の油揚げに加え、焼きそばやイカ焼き等の販売もされていましたので、お参りがてらそれらを飲み食していた事もその様に人であふれ返った要因のひとつなのでしょう。そしてその中で行われた狐神楽の舞は何時も以上に注目を集めまして、多くの人に撮影され、また舞が終わると盛んに拍手を浴びていました。
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 そんな狐神楽のメンバーで今回参加したのは自分を含めて、火狐さん、水狐さん、花姫さん、相模狐さんそして狐塚君の6名。
 何時もは一緒に来る同じ高崎に住んでいる土狐こと狐耳君は生憎都合により参加出来ず、残念なところでしたが、久々に花姫さんともお会い出来、また狐塚君や相模狐さんも来た事から合間合間には色々と歓談出来たのも楽しかったものです。
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 最も今回、自分は参加したとは言えど、その手に狐面はありませんでした。どうしてかと言えばそれは簡単な事、持って来られなかったからと言えます。
 より正確に書くならば狐面自体は比較的近い場所、やや大雑把になりますが南関東の中に存在していました。そこまでは自分が持っていったものですからではどうして王子に持ってこられなかったのかとすれば、それは即ち託した狐塚君が自宅に忘れてきてしまったから、となります。
 これは自分が初午の朝まで各地をぶらぶらと歩き回っていた事が一因となります。今回の旅の途中、即ち高崎から夜行バスで金沢へ移動し、福井を歩いてから静岡へ飛び、東京に戻る前半の過程では狐面を携帯していたものでした。しかしその後の旅程の事を考えますと、狐面を持ち歩くのは適当ではないと考えられましたので東京に一旦戻った際に狐塚君の家に泊めてもらうと共に、狐塚君に狐面一式を預けて初午の日に持って来てもらう様に頼んだと言う次第でした。そして自分は翌朝、狐面を残して宮崎へと移動したのです。
 ところが当日、いざ王子で会うと彼の手元が妙に空いています。その瞬間に抱けたふとした嫌な予感の中で、それでもどこかに預けているのかもしれない、そう信じて狐面の事を尋ねると家にうっかり忘れてきた、と妙な微笑の一言が返ってくるでありませんか。
 軽く唖然としてしまったものですが、改めて考えますとこちらから預けて頼んだ話でありますし、そもそも自分がそう言う旅程にしていなければこうはならなかった話でもあるのでこうなると致し方ないとしか言う事は出来ないでしょう。
 よって狐面一式は比較的近くにあるのに手元に無い、そんな奇妙な状態になってしまったのです。ちなみに朝まで各地を、と書きましたがこの日の朝は福岡にいたもので朝の便で羽田に飛んできてその足で王子に来た、そう言う旅程になっていました。そしてその際もふとしたトラブルがあった為に羽田到着が1時間ほど遅れていたので、それを踏まえると初午に参加出来た事、そこにありがたさを見出すべきであるとも言えるでしょう。

 ハプニングもありつつの初午ではありましたが、本当に参加出来て良かったと思える限りです。また狐神楽のメンバーで参加したのは6名と書きましたが、週末から出かける欧州旅行の途中、パリでお会いする予定の狐神楽の一員である弓姫さんのお母さんが途中で来られ、挨拶と共に色々と話が出来た事は大変ありがたいものでした。
 そして改めて楽しみに思えてしまうところですし、自分も英語とドイツ語をしっかり学びたいと思えたものでした。矢張り好きな事柄は極めたいもの、とお話を伺っていて感じたのでした。
 他にも相模狐さんは今回は堕狐面ではなく、黒狐の着ぐるみ、夕院の姿での参加でしたのでその姿は中々の注目を集めていました。最も「黒い」狐と言うのが中々分かってもらえない、つまり狐と言うと狐色か白と言う認識が一般的であるのをしれたのは貴重な収穫で、狐である事を説明すると驚かれる人は多かった物でした。
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 またご高齢の方には「狼」、子供からは「ワンコ」と年齢によって異なる見方をされていたのも特筆出来る事、かもしれません。

 そんな大盛況の初午も14時頃からゆったりと終わりの空気になっていき、16時前には完全に終了。その後はメンバーで4時間ほど打ち上げと意見交換をしつつの食事をしてから王子の街を後に。色々とあったものですがだからこそ、印象深いの一言に尽きるそんな初午の1日でした。
 それでは皆様お疲れ様でした、またよろしくお願い致します。
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2011年02月01日

1月末の再度の稽古とパリへの興味

 どうもふとした用事が出来たお陰で1月の末にまた稽古に参加出来た狐です。
 今回も稽古の会場は何時も通りに浅草の一角、秋葉原での用を済ませてから上野駅で相模狐さんと月姫さんと合流し銀座線にて向かいます。
 初めて単身、つまり何時も一緒に行く狐耳君がいない稽古への参加でして、会場にて狐丸さんと合流した後、早速始まります。

 今回の稽古は相模狐さんと月姫さんが久々の参加であった事もあるので、彼等のペースに合わせる形となりました。最も最初の辺りでは色々と狐丸さんからの話を聞き、そして返すと言うやり取りもありましてその中では今後の狐神楽の形態、どちらかと言うと役割分担ですが、それに関して明確になってきたのは何とも良い事であると思いますし、だからこそその中での鳴り物役としてしっかりと努めていければ、と改めて思えてなりません。
 その後はしばらく太鼓の稽古、これは自分にとっては太鼓が役目になっていますが、狐神楽をやるからには太鼓は基本として出来る様に、と言う意味合いもあってしばらくした後、水狐さんもやって参りましたので総勢5人での稽古と久々に人数の揃った光景が広がります。
 そしてそこからは個々の役目にあわせて別々の稽古へ移行します。自分と相模狐さんは太鼓、月姫さんは笛、そして狐丸さんと水狐さんは舞の稽古をそれぞれでしている内に、ふと気が付けば時間はあっという間に過ぎて散会の時間となりました。
 
 今回はこれまでにしてきた曲の確認と、今後新たに習得する曲を知る。そう言う具合の稽古に自分にとってはなりましたが前述した通り、狐神楽の中の役割分担が明確化してきた、と言うのは歓迎すべき事ですし、だからこそ励んで行きたいと思います。
 また雑談の中で昨年12月30日に狐神楽の主要なメンバーが揃った際の事でふとした興味を改めて抱いたもので、それは狐神楽パリ支部の皆さんに会いに行こうか、と言う事。今月は欧州へ行きますし、1度パリ支部の方、即ち弓姫さんとブログを解してやり取りをした際に今回はパリへ行けそうにない、と返してしまったものですが色々と話を聞いているとこれは会ってみたいとの気持ちになって仕方なくなった次第です。
 取り敢えず話が直前ですし、先方の都合次第と言うのもありますが狐塚君共々、前向きに考えている次第なのでした。元々フランスには行く予定でしたし、それを思えば可能な事なのです。

 それでは皆様、今回もお疲れ様でした。ありがとうございます。
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2011年01月23日

自主稽古と狐面のリニューアル

 前回の記事では何時稽古をする時間が出来るか、と書いたものですが出来る時は出来るもので、今日は午後から2時間ほど狐耳君と共に太古の稽古をしていました。
 今回からは新しい曲にも手を付け出しましたが、それと同時にこれまでは曲を覚える事、そして撥を操る事に慣れる、それを中心にしてきたので余り重視していなかった事柄も意識しつつ取り組む事になりました。それはある種の間合いを作ると言う事でしょう、ただ叩くのではなく連続して叩くところにほんの一拍の間を空けると言うものですがこれが意外と出来ず、しばらく繰り返した結果、何とか出来る様にはなりました。
 確かにその一拍があるとないとでは同じ叩くでも大分印象が変わるものです。何よりリズムと言うのがより明確に刻める様になると言えましょうか、そう言う点で今回の稽古は狐耳君との自主練であるとは言え中々有意義なものでありました。これからしばらく3月中ごろまでは色々とまた動き回る時期が続き、練習の機会も中々得られないものですが折角覚えた今回のリズムを忘れない様、努めて行きたいものでした。

 そして練習の後は雑談を色々としつつ自分の狐面の手入れをしていました。
 当初はヒゲの付け替えがメインだったのですが、色々と紆余曲折した結果、ただの手入れのはずが狐面のデザインのリニューアルにまで及んでしまいました。
 まず以下の写真が手入れを始める前の姿です、見えている歪んだヒゲをそれぞれ取り外し新しいヒゲに取り替える予定でいました。
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 どうしてヒゲを取り替える事になったのかと言うと、当初扇形の形に調えてヒゲを付けたものの、いざ持ち運んでみるとそれまでの鞄では横に狐面を入れなくてはならず、結果としてヒゲが潰れてしまった為です。また狐神楽関係の道具は一箇所にまとめて置いた方が色々と便利、現状でも狐面の他に撥や楽譜、また身につける布地と幾つかありますから、全てをまとめられる専用の鞄を欲していました。
 とは言え意外と要求を満たす鞄はないもので色々と探し回った結果、先日立寄った高崎駅の無印良品にそれはありました。購入したのは女性向のコスメ用の大きな鞄、ちょうど狐面の大きさと縦やマチの長さが余裕を含んで無駄なく合いましたし、中は購入者の都合に合わせて自由に組める様にと基本はガランドウ、そして今ある道具を入れてもなお余裕がある深さ、と条件が見事に揃っていたので購入に至ったのでした。
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 価格も2900円と中々お手頃なところで助かったものですが、これにより余程手荒く扱わない限りヒゲが壊れる事はまずなくなったのでヒゲの手入れ、つまり瞬間接着剤の解除液を用いてヒゲを固定している接着剤を溶かし、新たな狐ヒゲを入れる、新しい物に交換すると言うのが当初の手入れの内容だったのです。言ってみれば中々単純な事でしょう。
 しかし実際に試みてみるとそう上手く行きません、何せ幾らやっても全然接着剤が剥がれないのです。どうやら予想以上にしっかりと接着剤の成分がしみこんで固まっているらしく、全く剥がれず埒が明かない事を受けてやり方を変更。
 まずはヒゲの出ている部分を切断し、狐面にヒゲを通す穴を開けた時と同様に太い針で穴を開けて貫通させようかとしましたがこれも上手く行かず断念。何より張子自体が実は結構薄く、故に軽くて使いやすい狐面なのですが、余り力を入れすぎるとそ破損する恐れがあったのも一因となります。

 結果として更に内容を変えてヒゲはそのまま活用する事になりました。実は取り替える予定の新しいヒゲは色をつけたものにする予定で、既に色を塗った新しいヒゲを別に用意していたのです。しかし現状のヒゲが取り外せないのなら、そのヒゲを活用するしかありません。
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 こうなると一箇所のヒゲを切ってしまったのはある意味失敗でしたが、今更戻る訳ではないので何とかそれを活かすしかありません。
 幸いと言えるかもしれないのは表側からかけた解除液の影響で、一部のニスが剥がれてしまった事もありましたからニスを上塗りする必要が生じた事です。よって新しい色、つまり模様を追加してその切断面を覆ってしまう事にしました。またそれ以外の場所でも少し色を足した結果、以下の様な狐面へと変化しました。
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 一見するとどこが変わったのか分からないかもしれませんが、まず正面から見て気が付くのがヒゲでしょう。前と後、それぞれ一対になっているヒゲの前側は緑色とし、後側は桃色に染めました。ヒゲのバックが白色でしたので、これまでの白色のヒゲは余り目立たなかったので敢えてはっきりとした色合いにしてみたのです。
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 そして続いての写真は正面右側のヒゲ、こちら側の後側のヒゲを切断してしまったのでその部分を覆うべく、桃色の筋を1ついれてあります。また前側のヒゲの先に緑の点があるのはアクセントと言う事で、これ等は正面から見て左側には何れも存在しない右側だけの特徴となります。
 最も左右どちらにも新たに追加された色が1つあります。それ黄緑色です、これは顎の濃い緑と頬の青色が比較的に通った色合いの為、その境目が分かりづらかったので分かり難さを解消すべく追加しました。
 なお塗ってからこれは横浜線の帯の色に似ているな、と思ってしまった時には不思議と微笑まずにはいられませんでした。その横浜線の写真は2009年8月15日に淵野辺駅近くのお稲荷さんへ行った際に撮影したものです。
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 その様な具合で昨年制作して以来、最大の変化を遂げた自分の狐面「風麿」。今後とも色々とあるかもしれませんが大事にしていきたいものでした。
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2011年01月18日

太鼓の練習と狐神楽での名前

 どうも太鼓の稽古をする時間を何処に作れるか、と思いながら予定とにらめっこしている狐です。
 狐神楽では自分は以前にも紹介しました様に鳴り物担当、中でも太鼓を主に任せられています。任せられている、と書いたものの実態はまだまだ練習中の身であり、先の土曜日に初めて本物の太鼓を叩いた所からもそれは明らかなものでしょう。
 確かに10月末に初めて太鼓の撥を手にした頃から比べると、全くしていなかった時と比べればずっとそのリズムや楽譜は分かる様にはなってきました。しかしとても人前で見せられる代物か、となるとそう言う事は皆目ないレベルでとにかくまだまだお話にならない程度であるのは言うまでもないでしょう。それを考えるとまだまだ足らない、練習即ち稽古あるのみであるのが事実であり、日曜の晩にありました稽古の席ではその事を強く意識せざるを得なかったものでした。

 しかし幾ら練習あるいは稽古したくとも様々な壁があるのも事実です、特にそれは時間でしょう。少なくとも、これは自分と外部の要因、それぞれで半々と言うところで2月まではほぼ予定が埋まってしまっています。
 最も予定が埋まっている=全く手が出せないと言う事はありません、端々に空いている時間はありますから短時間でもそこを利用すれば良い訳です。また、これは既にしている事ですが昨年末に頂いた御囃子のCDを再生させながら別の作業に打ち込んでいる、と言うのも個人的には結構効果あるところなので引き続きしていきたいところです。
 そんな具合で何とか練習は継続出来そうなのでホッとしていますが、2月の半ばから後半にかけてしばらく海外に行ってしまうのでその間をどうしようかと地味に思案しています。一番良いのは撥と楽譜を携行、滞在先での暇な時間に叩いている事ですが昨年にヒースロー空港にて、鞄の中に入れていた神社のお守りを不審物として疑われた一件が地味に引っかかるところであったり。
 何せ海外です。お守りの時は「Japanese lucky charm」と言う事で係官は納得してくれたものですが、太鼓の撥はさてどうしたものか。昨年末から何かとテロ情報が流れ、そしてストックホルムで実際に自爆テロが起きて色々とぴりぴりとしているであろう欧州を巡るのを踏まえると、なるべく疑われる可能性のある持ち物は減らしたいのが本音ですのでそれなりの期間、太鼓の撥としばし離れる事になりそうなのが残念であります。

 そんな具合でまだまだ当分は鳴り物役、としては練習と稽古に励む事になりそうですが色々と決まる事は決まるものでして、15日のゑの木市においてある物を狐丸さんが示して来ました。
 それは狐丸さんの作られた真新しい巻物、中に何が書かれているかと見ますと狐神楽の団員全員の言わば名簿的な巻物でした。そこにある名前は狐神楽における狐としての名前、となる訳でして自分の場合は野狐衆に分類された上で「甲斐狐の風麿」と賜ったところです。
 どうして風麿となったのかはまた書く機会があれば取り上げたく思いますが、個人的な感想を書くならば「麿」と付くとは思わなかった、と言えましょう。だからこそ印象深いものですし、名前を賜った以上、更にそろそろ舞台衣装も調えないとの話も狐神楽に行く度に出て来ているだけに、自分の任せられた太鼓に関してはしっかりと練習と稽古を積んで整えて行きたいもの。
 そして狐神楽関係で書く時、あるいは名乗る時は「風麿」と名前を変えるべきなのか、とふと過ぎっています。名乗る時はある意味当然でしょうが、書く際は果たして何処でどう「冬風 狐」と棲み分けさせようか?ちなみにこれまでは「甲州狐の冬風」と呼ばれていました。
 大した事ではないかも知れませんがふとした目下、太鼓の練習時間確保と共に重大な狐神楽に絡んだ関心事の1つなのでした。ふ太鼓がまだまだであるのに狐神楽としての名前を名乗って良いのか、と言う複雑な気持ちを抱いてしまうのも重大な関心事と見てしまう一因なのかもしれません。
posted by 冬風 狐 at 04:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月16日

新年初の装束ゑの木市と初稽古

 新年明けて15日目の昨日は今年初の装束ゑの木市となりました。
 15日目、と言うとなんだが新年と言う気分もどこへやら、との具合になってしまいますし、この間に既に2度装束稲荷へはお参りに行っていますので実感としてもそこまで新年らしい心地ではないものです。
 その様な事情があるとは言え、昨日が今年最初のゑの木市であるのは変わりありません。また大晦日の狐の行列に参加出来なかった自分にとって、狐神楽の団員の多くと一堂に会せる今年初の機会となるからこそ、今回もまた狐野君と共に、−3℃の気温表示を朝7時台に街頭の温度表示計が示している高崎の街を、自転車で横切っては高崎線に乗り込んでいざ王子の街へと向かったのでした。

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 王子に着いたのは10時直前の事で普段よりもやや遅い頃合でした。とは言えまだ装束稲荷では準備の最中であり、傍らに荷物を置いて幟を立てる等の手伝いをしている内に気が付けば11時の始まりの時間となっていました。
 昨日のゑの木市に参加した狐神楽の団員は自分と狐野君を含めて5名。12月のゑの木市がほぼ全員揃ったのに比べると対照的な人数ですが、昨年末より新たに加わりました団員の月姫さんと共に油揚げをまずは売る等して過ごします。
 また今回は20色限定でネギ入りカレーうどんが1杯300円で販売され、1杯試食させて頂かせてもらいましたが昼頃にかけて寒さがちょうど強まっていたのも相俟って、中々美味しかったところです。
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 また風水稲荷貯金箱なる狐の姿をした貯金箱も並び、水狐さんと対面する一幕もありました。中々微笑ましい和める光景だったと言えるでしょう、ちなみに今日の水狐さんは一眼レフ片手に中々決めた姿で格好良かったです。
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 しかしその寒さ故に装束稲荷の前を通りがかる人の姿も少なかったのはまたもう1つの事実、よって自分が参加する様になってから客足と言う点では最も少なかったゑの木市であったのでしょう。とは言え立ち寄ってくれる方は立ち寄って下さいましたし、中には油揚げ1箱、つまり25枚お買い上げと言う方もおられましたのでこの寒さの中では善戦出来たのではないかと思えます。
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 最も今回、自分が主にしていたのは販売ではありませんでした。前述の様な事情もありましたが何時もお囃子をして下さいます方が1名、今回は来られなかった事から鳴り物、笛と太鼓が空いており狐丸さんと水狐さんが上に登って2人で練習をしていました。
 それをふと合間に眺めていますと稽古をしようじゃないか、と言う流れになり、持ってきた撥を手にして社務所の2階のその場所へと登り太鼓の稽古を残りの時間ずっとしていたのです。
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 太鼓の稽古を始めてそろそろ3ヶ月が見えてくる辺りですが、これまではリズムを覚える等、そちらばかりしていたので太鼓その物を叩いた事が実はありませんでした。よって今回初めて本物の太鼓を叩く事になったのです。
 自主練習では空になったティッシュ箱を見立て叩いていたので、太鼓を叩ける事自体は中々嬉しく、日頃の環境では存分に練習が出来ない事もあって念願叶ったりの絶好の好機でした。
 最もそれは同時に下手な緊張も招き抱いてしまった点はあり、稽古の当初では変な所で腕が止まってリズムを忘れる、あるいは狂わせてしまう等のミスを重ねてしまいましたが、1時間ほど延々としていると解れてくるもので結局、それからゑの木市の終わる直前までの合計2時間ほど、ひたすら時間を忘れて1人練習に打ち込んでおりました。
 矢張り実際に太鼓を叩けると違うもの、まず音が違いますしその感触と言うものもティッシュの空箱には当然敵いません。次に打てるのは何時になるかは分かりませんが、今日の感覚を忘れぬ内に繰り返し練習を重ねて習熟させていきたいものです。

 ゑの木市の片づけをした後はその流れで大晦日の狐の行列の最後の後片付けの手伝いに。ただ見ているだけでは接せられない裏方の模様、また立ち入れない場所に入っての作業もまた個人的な興味を大いに刺激されたものですし、改めてこのゑの木市に関われる様になった縁を嬉しく思えてなりません。
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 そんな具合で終わった、寒風の下の今年最初の装束ゑの木市。来月も・・・と言いたいところですが、実は来月に限りゑの木市は行われません。次のゑの木市は3月第三土曜日となります。
 しかし2月は名前を変えて別の日に装束稲荷の縁日は行われます、よってこれに関してはまた取り上げる事にしましょう。
 それでは皆様、今回もありがとうございました、そしてお疲れ様でした。
posted by 冬風 狐 at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

12月、今年最後の盛り上がったゑの木市と狐面色々

 さて昨日は毎月恒例の装束稲荷ゑの木市へと参加して参りました。
 今回は同じ高崎に住む狐野君と共に向かいましたので合流する関係もあり、まだ東の空が鮭の切り身の様な赤さに染まった、太陽が頭を出す前の6時ぐらいに家をでて冷え切った空気の中を駅まで自転車。そして別の駅で合流した後、高崎線にて上野を経由して王子へと着いたのは9時半を回った辺りでした。
 王子駅の改札を出ると早速ある物が目に入ります、それは12日後に迫っている大晦日から新年にかけての狐の行列、つまり「王子狐の夢行列」の開催を告げる横断幕でして、共にある黄色い提灯がなんとも良い具合になっています。そして向かう道も黄色い提灯が飾られていて、いよいよ大晦日が迫っている事を実感させられてなりません。
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 それを眺めてから早速装束稲荷へ、既に準備は始まっていましたので荷物を置いてからこちらも準備に加わります。最も今回は途中で場所を移し、スピーカーの設置に必要な配線を探したりと言う、そう言う作業をしている内に時間はあっという間に過ぎて、12月にして今年最後のゑの木市が始まります。
 今日もうどん屋さんの出店はありませんでしたが、代わりに御餅が売られていました。越後名産栃尾のこがねもち、と言うもので1袋500円でしたがそれなりに売れておりました。それ以外は何時も通りと言う具合で、じわりとした寒さに包まれていたのでお客さんが来るか心配でしたが、幸いにも昼が近くなると人通りも多くなり、こちらについてもホッとしてしまったものです。
 さて今回は夕吉さんがやって来ました。本当は来れない予定だったのですが急に来れる様になった、との事で久々に狐神楽のメンバーが、都合あって華姫さんが来れなかったとは言え一揃いした事になります。
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 よって路上を利用した狐舞も今回は盛大なものになり、火狐・水狐・土狐・夕吉の四狐勢ぞろいで繰り広げられたのには多くの人が集まりましたし、喝采を浴びてはカメラを向けられていました。
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 さてそんな中、今回は中々面白い出会いがありました。それは近くにある日本語学校に通う中国人留学生の一団が、地域の祭りを見る為にやって来たと言う事で、今回は商品を売るのではなく専らその留学生達の質問に答えて、また雑談も交わす事がメインとなりました。
 質問されたのはこのゑの木市に間する事に始まり、狐、つまりお稲荷さんについて、そしてこの地域について、と多岐に渡りました。
 主に狐野君と自分がその担当をしていたのですが、色々と日本人に対して説明するのでも込み入った内容があるだけに、色々と噛み砕いて説明する必要がありましたが、それ等は楽しいものでしたし、その熱心さには驚かされます。彼らの日本語は矢張り独特の訛り等はあるものの、会話を交わす分には問題なかったもの。書く字もきれいなもので逆にこちらの悪筆が、手もかじかんでいたからとは言え恥ずかしかったものです。
 その内にお互いの話にもなりまして、今回お会いしました留学生の皆さんは湖南省から来ているとか。その位置は分かりましたがどういう省だったのかうっかり失念していたので、その辺りも尋ねますと毛沢東の出身地であるとの事でなるほど、と納得したものです。そして矢張り辛い料理が名物、つまり暑い地域であるだけに日本は寒いとも漏らしていました。
 それ以外では流れで君が代をこちらが歌い、返しで留学生達が義勇軍行進曲、つまり日本国歌と中国国歌を交互に歌う展開もありました。これは自分と狐野君が対応する前の段階、つまりこのゑの木市を開くに当たって色々とお世話になっております菊秀さんが各地の民謡等を披露する流れの結果故でしたが、悪く無かったですしこれがあったからこそ、あの様に活発なやり取りへとつながったのではないかとも感じています。
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 ちなみに中国における狐のイメージは狡猾なのだとか。農民の飼っている鶏を食べてしまうから、と言うのがそのイメージの理由だと言う事なので、この辺りは稲を食べてしまうネズミを食べてくれる存在、つまり益獣としてのイメージが狐にある日本とは対照的に感じるものです。
 それ以外では個人的な興味として、鉄道、特に中国の鉄道乗車時に行われる身体検査とはどんな物なのか、と尋ねてみると大規模なイベントの際には大抵行われるが、そこまで厳しいものではなくされない時もあるとの事。この辺りは日本での報道を通じて感じるどこか厳格なイメージとはまた違う、中国にいなくては分からない感覚の一端を知る事が出来ました。
 ちなみに中国人に驚かれたのは日本にいると外国人と接する機会が少ない、と話した事でしょう。あくまでも普通に生活している限りでは余り外国人と話をする機会が中々無い、と話すと強く意外だ、との反応が返って来ましたし、その辺りでも色々と話を出来たのは大変貴重な機会であったと思います。

 ゑの木市の片づけが済んだ後は近くの食堂で食事をして簡単な打ち上げ会。そして王子駅へ戻る道すがら装束稲荷へ立寄りますと、ちょうど提灯に明かりがともって文字通り輝いておりました。これを見ると都合故とは言え、大晦日の狐の行列に参加出来ないのが何とも残念でなりません。
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 さてその後は狐丸さん並びに狐野君、そして遅れてやってきた狐塚君と共に日暮里の布地問屋へ。これは自分の狐面が出来上がったので、その狐面を被った際に頭に巻く布を探す事になり、この辺りは全く分からないので狐丸さんにお願いして連れて行ってもらったと言う事です。
 幸い、連れて行って頂いた布地問屋にてイメージと合う布地がありましたからそれを購入。1メートル580円と言う価格もちょうど良いものでしたし、少し加工して狐面を被る際に活用するとしましょう。
 なお以下の写真が頭に布地を巻いた上で狐面を被った姿です、下に巻いていない状態での写真を載せてありますが、なるほど髪の毛が見えないだけでかくも違うとは、と言えるところがあります。
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 布地問屋を出て狐塚君が先に離脱してからは、1時間ほど場所を改めて狐野君と共に太鼓の稽古。これまで自分1人で、あるいは狐野君と2人で太古の稽古は折を見てはしていましたが、笛の音を聞きながら太鼓をたたくのは実は初めてでしたので中々苦戦してしまいます。
 幸いにして、ちょうどその日に笛のCDが手に入りましたから、今後はそれを流しながら笛の音と太鼓の音を一致させる、つまりリードする形の笛の流れに太鼓を合わせていける様に努めて行きたいものです。また太鼓の叩き方に変な癖が着いている事がわかったので、次の稽古までにはそれ等を確実なものにしていきたいものです。
 そして夕飯をご一緒してから上野駅で狐丸さんとは解散、狐野君と共に高崎線に揺られて帰宅したのでした。

 ふと振り返ると狐神楽と出会ったのは10月ですからまだ2ヶ月前の事に過ぎません、2ヶ月前にはここまで関わる事になるとは思っていませんでしたし、加わった結果、得られた縁も本当に貴重なものに思います。
 この場を以って、と言うのが失礼かもしれませんが心から感謝したいものです。そして来年には何とか、お返し出来る様に精進したいものですし、今後ともよろしくお願い致します。
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2010年12月12日

狐面にヒゲをつける夜

 どうもこんな夜中に狐面へヒゲをつけていた狐です。
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 狐神楽で使う狐面を製作した( http://inarikitsune.seesaa.net/article/167173539.html )のはもう遡る事2ヶ月前。季節は秋と言える10月半ば過ぎでしたから、ようやく取り付ける事が出来たと言えるでしょう。
 最もどうしてこんなに時間を要したのか?それはどの様にして狐面に穴を開けるか、またヒゲにふさわしい素材は何かと探していた為でして、11月末にふと立寄った立川のユザワヤにてそれ等を見出すまで1ヶ月を要してしまった事、それが大きかった為です。
 ヒゲの材料として購入したのはス玉、こちらは下の写真の通り2種類玉の太さの違うものを用意しました。また狐面に穴を開けるのには当初は錐を考えていましたが、狐面の鼻と言う構造的に比較的力に弱いであろう部分に穴を開けるのはリスクがあると考え、ある程度力を加減しやすいであろうと手縫い針の一番太いものを購入して準備は完了です。
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 元々自分の狐面には3つヒゲが筆にて描かれていましたので、その通りのままに穴を開ける予定でいましたが改めて眺めていますと、3ヵ所は多いのではないか、と言う事で2ヵ所、つまり2対の穴を開ける事にします。
 穴を開けるには狐面に針を立てなければなりません。何ともそれは忍びないもので最初は結構、やりにくいものがありましたが、それに耐えて1つ開け切ってしまえば後はスムーズに開けられてしまうのが不思議なものでしょう。ちなみに針は3種類のセットでしたが結局その中で一番細かった、太さ1.8ミリの物を利用しました。
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 続いてはス玉の両端の玉の内、片方を切断して穴の中へと入れていきます。
 なおこの際、ス玉の玉が大きいものを2つ、細いものを1つと言う割合の3つを投じる事とし、少し形を調整した結果、手前のヒゲが上向きに跳ね、奥のヒゲは横に水平になる具合になりました。ちなみに片方だけ玉を残したのは、接着するとは言え裁縫で言う玉留めの効果を狙った為です。
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 そして裏からアロンアルファで接着させれば完成、針で穴を開けるのに意外と時間がかかり、全体での作業時間はおよそ1時間と言うところ。
 被ってみた姿が以下の具合、被ってみたところアロンアルファの臭いが思いのほか強く、これはしばらく乾燥させて臭いを取らないと長く被るのは難しそうだと感じざるを得ませんでした。なお撮影してくれましたのは狐神楽仲間の狐耳君です。
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 そんな訳でようやくヒゲのついた自分の狐面。今週末のゑの木市がこのヒゲが新たに付いた狐面を初めて外に持っていく、そんな場面となる予定です。 
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2010年11月26日

11月の装束ゑの木市へ

 どうも先週土曜日は2度目の装束ゑの木市へ参加して参りました狐です。
 王子自体はその前の周にも足を運んでおりますから、1ヵ月ぶりの王子、と言う事にこそなりませんでした。とは言え矢張りゑの木市の日は格別です、そして今回は2人ほど新たに友人を連れて行ったこともあり、また違った興味深い1日となりました。
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 今回、王子にながたにさんと共に到着したのは9時半頃の事。その足で早速装束稲荷へ行きますと、既に菊秀さんを始め王子きつね連の皆様が準備を始めていましたので、挨拶とながたにさんの紹介等をしていますと、菊秀さんよりこの様な一言が。
「今日は秋田からお客さんが来るよ」
 秋田から、と言うのは初めて聞いたので尋ねてみますと、何でも秋田市にある招福稲荷から王子稲荷へ参られる皆様が来られるとの事でして、全く知らなかったので大変驚かされました。そして間の悪い事にこの日は13時過ぎの新幹線でその秋田方面に行く用事があると言う始末で、肝心の到着された後の行列やらの時間と前後して出かけなくてはなりませんから、知らなかったからこそ、とは言え余りの不覚に思わず頭を抱えてしまいます。
 それでもその間に水狐さんと華姫さん、そして狐丸さんも到着しましたので改めてながたにさんを紹介してから、早速準備のお手伝い。
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 なお秋田からはその間に先行する形で「きりたんぽ」が到着しており、それ等の撮影等もしつつ準備を進めて、お囃子も鳴り出して自分も頭に狐面を被って、11月のゑの木市の始まりとなりました。

 今回のゑの木市は10月に続いてうどん販売が無かった一方、「そば稲荷」なる中身がそばのお稲荷さんが登場。味見をと言う事で1つ頂きましたが、濃い味のお揚げと中身のそばの冷たさが上手い組み合わせで互いを口の中で中和する、そんな具合で面白い味と言えるでしょう。大きさも結構ありましたので、微妙に空きっ腹であった胃袋を埋めるにはちょうど良い一口でありました。
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 また今回は甘酒も登場しましてこちらも一杯。菊正宗を大量に注いで作ったと言うその味は甘酒は甘いもの、と言う概念を打ち破るほんのり大人な味でした。そして「きりたんぽ」も並べて準備完了、ちなみに「きりたんぽ」は2〜3人分のセットとして1つ3500円と言う中々の高額商品になっていました。
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 その間に狐塚君が登場、また583さんも王子駅に到着しましたので迎えに行くなどしていましたが、今回は何時の間にか稲荷ずしと油揚げの店番を任される運びになり、すっかりくつろぐ狐塚君等を尻目に、声かけをしては稲荷ずし・油揚げ・そば稲荷の販売に没頭します。
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 久々の接客ではありましたがいざしてみると矢張り悪くないもので、ダンボール換算で1.5箱分ほどの稲荷ずしを担当している間に売りさばいておりました。その間にあっという間に時間は12時を回り、何時の間にか試食用に現れていた「きりたんぽ」を食べ損ねてしまいましたが、楽しくて食べ忘れていたのでこれは致し方ない、と言うところでしょう。

 そしてその間に秋田からのご一行が、赤狐となった狐丸さんと水狐さんの先導で到着、わっとその場が盛り上がっていよいよ華やぎます。また水狐さんによる舞も披露される等、お稲荷さんの縁日らしい時間に染まっておりました。
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 なおこの秋田からのお客様の事は後日、秋田の新聞社が取り上げてられ、ニュースとして配信( http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20101121e )されておりました。
 しかしそこで自分と狐塚君はタイムアウト。そう前述した通り、13時過ぎの上野発の新幹線でこれから出かけなくてはならなかったのです。何とも名残惜しく、更には申し訳なくて仕方ありませんでしたが、その旨を改めて告げますと狐面を被って狐丸さん、水狐さんそして華姫さんと共に記念撮影をする運びになり、そしてお先に離脱となりました。
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 ゑの木市はまだ2度目の参加でありますが、色々と携わる事が出来たのが個人的には嬉しく、今後もこの様に関わっていけたらと思うばかりです。そして矢張りなるべくゑの木市と他の予定は被らせない様にしないと、と思う事頻りでなりません。
 何はともあれ今回も皆様お疲れ様でした、そしてありがとうございました。なお終いの写真は新潟から乗り換えた青森行の特急車内でのもの。次の停車駅は秋田、との放送がしましたのですっと被ってみたものです。
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posted by 冬風 狐 at 06:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月31日

狐神楽の初稽古

 さていよいよ10月も終わるそんな間際の時間となり、ふと振り返るとこの1ヶ月は狐に関する趣味の点でこれまでにない大きな変化が見られたものでした。
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 それはこれまで自分だけ、あるいは狐塚君やアリエッタさんと言った友人との間でのみ、ある意味嗜んでいた狐趣味が、ある1つの形になった月であったと言えましょう。つまりある形でネット上に限られない、つまり目に見える形、実体としての一面を得られたと言えるのではないかと思います。
 それは即ち、アリエッタさんが縁となって関係を持つ事が出来た、既にこのブログでも数回に渡って取り上げています「王子 装束ゑの木 狐神楽」への参加であります。そして昨日、台風の中、最も参加する事を決めてから台風が襲来してきたのですが、その中を神楽メンバーである狐野さんと共に高崎駅より都内へ向かい、初めての稽古に臨んできたのでした。

 そもそも「稽古」と名のつく物に参加したのはこれが初めて。一応、狐野さんやアリエッタさんより幾らか話は聞いていましたが、矢張りここは経験した事がないからこそ、かなりドキドキしていたと言うのが内心でした。
 しかし同時にどこか楽しみに思っていたのも事実であり、やると決めたからにはやろう、と言う事で雨風強い浅草の街を歩いて稽古場へと向かいました。その際、稽古場に入るところでの急な強風にゆり傘がお釈迦になる展開はありましたが無事たどり着き、先に到着していた狐神楽の代表にして、言わば師匠となります狐丸さんと合流して、挨拶と雑談の後に早速始まります。
 「稽古」と名の付く物は、と書いたものですが当然ながら神楽にする側となるのも当然初めて。なので素養も何もあったものではありませんから、正に一からの手習いとなります。今回しましたのは太鼓で、これは以前ゑのき市に参加した際、狐丸さんと話をしていて狐面を作ると共に太鼓を、と勧められた事が強く記憶に残っていましたので、それ故にこちらから希望した次第です。

 およそ2時間半ほどの稽古でしたが、色々と感じさせられた時間でありました。当然、全くの初めてですから色々とお手をかけさせた事でしょうし、自分としても中々申し訳ない気持ちを抱けてしまったものです。しかし何よりも感じたのは楽しい、かつこれはモノにしたい、と言うある種の欲求でありました。
 とにかくまずは太鼓のリズムを覚える所からとなります。早速撥と楽譜も手にいられましたので次に稽古に参加できるまで、時間を作っては練習して掴んでいかねばなりません。
 矢張り皆さんの足を引っ張ると言うのはなるたけ避けたくあります。それは申し訳ないと共に自分が耐えられないところがあるからと言えるでしょう、そして何に増しても折角得られた縁でありますから、末永く生かして行きたいと思えてならないものでした。

 ちなみに既にここまで書いているので察せられている事かと思いますが、前回のブログ( http://inarikitsune.seesaa.net/article/167173539.html )で取り上げました狐面は、この狐神楽参加の為に製作したものです。稽古の際に初めて狐丸さんに披露、となりましたからどう言う反応が返ってくるか、これも少しばかりの緊張を浮かべてしまったものですが、まずまずの評価が得られてホッとしたものでした。
 今後は平面さを解消。つまり何か立体感を付けていく方向になましたので、髭等をさてどうつけようか、こちらについても折に触れて考え、実行していこう。そう考えている神無月も終わる雨音響く夜なのでした。
posted by 冬風 狐 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

自分用の狐面を作ってみた

 さて先日、と言えど、あと少しで1ヶ月が経過しようとしていますが、10月3日にご縁ありまして王子の狐神楽の皆さんのお手伝いをさせてもらった時と比べますと、大分季節も冷たくなってきたものだと感じます。
 そんな10月、神無月もそろそろ終わりを迎えるところですが、数日前より取り組んでいました狐面作りが仕上がりましたのでご紹介したいと思います。なおそもそもどうして狐面を作る事になったのか、と言いますとそれは冒頭の狐神楽の皆様と今後も色々とご縁があるものですから、それ故に、ある意味ではその証として製作するに至った次第です。
 当初は紙粘土等で一からこしらえようか、と考えていました。しかし以前から机の上に置いてあり、何かする度に眺めていた狐面が1つありまして、何ならそれを活用してみようと思い立ち、まずは面の上にBの黒鉛筆にて薄く思うが侭に色分けの線を塗っていきます。
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 そしてそれにアクリルガッシュで色を塗っていきます、塗り終えたのが以下の写真となりますが、予想よりもやや明るめに仕上がりました。また耳周りの黄色の箇所は当初藍色にする予定でしたが、テーマが「甲州狐」ですので、敢えてここは明るい黄色とします。
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 そして水溶性ニスを塗り終えて完成。アクリルガッシュ等を入念に乾かす期間も含め、製作に要したのは6日間となりました。
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 材料はまずは元々あった狐面、実はこの狐面は神社で手に入れたものではなく、ふとネットのオークションサイトを昔に眺めていた際、何故だか欲しくなり購入してしまったと言う経緯があります。それ以外はアクリルガッシュと絵筆、パレットとニスにニス用の刷毛で総額3000円と言う所で収まりました。
 なお頭には紐で止めます、またメガネをつけたまま被れる様になっています。

 前に触れた様にこの狐面のテーマは「甲州狐」です。これは自分が山梨出身である事を知った、狐神楽の代表をされています狐丸さんよりそれをテーマにしてみては?と提案されてのものになります。
 当初はもう少し地味な配色にするか、それとも武田信玄をモチーフとして派手な感じにしようか、と悩みました。そしてその際にふと参考にした信玄図の服装、特に鎧の下に身にまとっている衣服が若草色でしたので、では首周りは緑系統、と言う事で黄緑と緑を混ぜた深みのある緑色にしました。
 頬の水色については信玄の功績として今に伝わっている最大の存在が信玄堤、つまり治水事業である事からその様にしました。また甲州は山に囲まれた土地柄、山の緑とその地下に蓄えられている水、そして湧き出る川と言うのが矢張り長年住んでいたイメージの中にありますので緑あっての水、と言う意味合いを込めたものです。
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 最後の黄色はまずは甲州金、つまり山の中に眠る地下資源であり信玄の力の一翼を担った金をイメージしました。また山の緑に治水、と来れば里の営みの結果としての黄金色の稲穂の海がありますので、この3色はそれぞれが関連しあう要素とも言えましょう。
 そして水色と緑色の間にあり、更に鼻筋にある紅色は武田の赤色と稲荷の朱色を混ぜたものです。またその、特に鼻筋の形状が逆三角形状なのは、利用した狐面に額に稲荷の宝珠の紋がありましたので、それを尊重すると言う意味合いもあります。それ以外の色については元々塗られていたものをそのまま流用しています。

 久々にこの様な事をしたものですから中々新鮮なものでした。特にニスに至っては中学以来ですので、あのツンとした香りには懐かしさもあります。
 反省すべき点はもっと色合いを派手にしてしまったも良かったかもしれない、と言うところです。いざ完成した姿を見ますと、耳の下の白い部分が何だか空いて見えてしまいますしも耳の中の赤色と対比になる色でもすっと走らせてみたら、等と感じながらも仕上がった事にほっとしています。
 とにかくは完成となりましたし、今後狐神楽に参加する際はこの狐面と共に行く事になるのでしょう。何はともあれ励んで行きたいところでありました。そして最後に被ったらこうなります、うーん狐です。
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posted by 冬風 狐 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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