2016年02月17日

伏見のお稲荷さんは疲れているのか?昼間の喧騒と夜の参拝、そして神隠しについて

 どうも先の広島・山口旅行は中々に良いものではありまたが以来、体調がすぐれないのが続く狐です。
 今日に至っては声が出なくなり、仕事上がりに医者にかかれば声帯が炎症起こして腫れているが故の事との診断。今は処方された薬が効いたのもあってか大分楽ではありますが、養生せねばと改めて感じてしまったものでした。
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(2016年2月4日加太港にて、2016年2月5日津和野駅前にて撮影)

 さて、このブログの更新も久々なものですが、今回取り上げるのは題名の通り「お稲荷さんは疲れているのか?」と言うもの。
 以前にも自らのツイッターでも触れた事がありますが、お稲荷さん、特にその大本でもある京都は稲荷山の伏見稲荷大社の神さんはお疲れではないのか、また夜にお参りするのは云々、との事でTLが盛り上がっていたので、ふとその事について3つほどに章を分けて触れてみようかと思います。

・昼間の喧騒について

 伏見稲荷となりますと、旅行系サイトの最大手とも言える「トリップアドバイザー」の行った調査の結果、外国人に人気の日本の観光スポット第1位に2014年、2015年と2年連続で選ばれる、との快挙を得た次第でありますが、どうもこの辺りからお参りがしづらくなってきた、との印象は抱いております。
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(2015年7月28日伏見稲荷にて撮影)
 と言いますのも、境内に置いて典型的な観光客が増えてしまい、いわゆる神社らしい静けさとかけ離れつつある、と感じるのが大きいものでしょうか。思えば、初めて伏見稲荷に詣でたのはもう一昔よりも前となりますが、あの頃から京都の主要観光地のひとつ、との地位はあったもののどちらかと言えば、京都市中から外れた土地柄故に、祇園や八坂神社界隈の喧噪とは対照的な伏見らしい静けさの中、のんびりと過ごせてお参りできる、そうした場所であったと感じます。
 ただ2013年あたりからでしょうか、色々と忙しく、少しばかりお参りに行けなかった時期があり、久々に詣でてみれば何やら参拝者の数が増していると感じられたのは。
 振り返ってみるとちょうどその2013年に、先にも触れたトリップアドバイザーの調査にて第2位に、伏見稲荷が上がっていたとの事なので、今となるとあの頃から、とうなずけるもの。
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(上記2枚2013年10月2日伏見稲荷にて撮影)
 最も、当時はお稲荷さん鎮座1300周年直後の事かと、そこまで気に留めていませんでしたし、その観点から見ると節目の年前後に参拝者の数が増えるのはある意味では喜ばしい事である、とすら抱いていたものでした。

 ところが、翌年以降も時折時間を見つけてはお参りに行く度に、段々と首を傾げる頻度が上がってきました。特に昨年2015年に至りますと、参拝客ではない単なる観光客、と評した方が相応しいのではないか、と思える方々が明らかに圧倒的になったと感じます。
 それは一言で言えば、静かにお参りをとても昼間には出来る雰囲気ではない、と出来るでしょう。殊に伏見稲荷の楼門をくぐってすぐの拝殿に至っては時機が悪いと、初詣や大祭の時期よりも統制の取れていない、正に人で埋まっている中に入らねばなりません、まずそこで一苦労。
 そして何とか場所を確保して、手を合わせてお参りをしていても後ろやら脇から押されたり、果ては「早くしろよ、詰まってるんだから」と舌打ち含みの言葉を浴びせられる始末であり、どこぞのテーマパークの人気アトラクションの前か、あるいはそれよりも酷い混乱した場所特有の惨状を呈していると言えるでしょう。
 ただその拝殿前の混乱よりも酷い、と思えるのが伏見稲荷をより伏見稲荷として多くの人の印象に刻みつけているであろう、命婦社より奥社奉行所に至る千本鳥居の一帯だと感じます。
 元々、あの場所はあの鳥居の中を行くとのシチュエーションからJR東海だとかが誘客ポスターに用いたり、それ以外でもお参りに来た観光客が記念に一枚写真に収めるスポットであり、お稲荷さんらしく、また京都、あるいは日本らしさを特に感じさせてくれる、その性質は今なお変わらないところでしょう。
 私としては神社で写真を撮る、との行為は特段咎められるものであるとは思っていません。最も、例えば伏見稲荷も拝殿にここ数年の内に掲げる様になりましたが、儀式中の写真撮影だとかは許可を得たものでない限り、それは避けられるべきであると感じますし、以前より神楽殿での舞を写真に収める事を伏見稲荷は禁じておりますから、そうしたマナーやルールに則った上での、との但し書きがあった上での行為であると感じております。
 
 しかし、昨今の千本鳥居での状況は最早、何等かの統制がされないとどうにもならない無秩序な状況を呈していると感じます。特に問題であると感じるのは、そう広くはない鳥居の中の通路に大きく広がって、また流れを無理やり遮って写真を取る姿が常にみられる事です。
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(上記2枚2015年7月28日伏見稲荷にて撮影)
 眺めていますと多くはセルカ棒を手にしている外国人旅行者でありますが、後者については一眼レフを手にした写真マニアと思しき日本人も少なくなく、そちらは前者以上に問題であると感じられます。
 何故ならば、日本人であるにもかかわらず伏見稲荷との空間が本来は信仰の場所である、と理解していないのではないか、と危惧されるからです。
 確かに、伏見稲荷ないしお稲荷さんは被写体としては日本人からしても格好の場所であるでしょう。伏見稲荷に限らず、各地の稲荷社の纏える特有の雰囲気は控える狛狐、靡く朱い幟、そして連なる朱い鳥居にお社、とは神社の始まりとも言える磐座や滝と言った自然信仰そのままの姿や色とは対照的なものから成ります。
 故にその朱さはその稲荷神の神威の人への近さを感じさせるところであり、人に近しいとされる日本の神々の中でもより、人に近いに座せられる稲荷信仰の特徴なのです。
 故に稲荷信仰の場に人が集うのは、平安時代には伏見稲荷が格好の京の一大ナンパスポット、として有名であったとの話からある様に当然の事であり、先にも書いた通り、それは喜ばしい事であろうと感じる限り。今でも東京は新宿の花園稲荷なぞは夜でも参拝客が絶えないのを見れば、人との結びつきとの点が神道の中でも、特に稲荷信仰は不可欠であると感じられるばかりです。
 
 話がやや脱線してしまいましたが、とにかくそうした信仰の場所であると意識させ、また安全も同時に確保するとの取り組みが今の伏見稲荷には余り見受けられない、との印象があるとしたく思います。勿論、何等かの取り組みは当然されているのでしょうし、実際に千本鳥居が二手に分かれる区間における通行規制はその一例でしょう。
 しかしそれ以前のそうした「信仰の場」たる境内の雰囲気作り、そしてその環境維持との点に関して言えば、単なる懐古論でしかないのかもしれませんが、一昔前の光景と知る身としてはむしろ失敗している様にしか見れません。
 少なくとも、今の無秩序な状態の拝殿前、また千本鳥居に関しては良く目立ったトラブルもなく、と思えてしまいます。特に後者についてはあれだけ狭い参道で急に立ち止まったりする事は危険以外の何物でもありませんし、万一何かあった場合、入り口脇にある守衛の詰所ひとつだけでは何とも心もとないのではないかと感じられます。
 部外者に過ぎない、たまにしかお参りの出来ない私の言う事ですから、色々と知っている方からしたら、とても、な内容ではあるでしょう。しかし稲荷信仰の大本の主たる場所にて何等かの悲しい出来事が起きるのは残念以外の何物でもありませんし、それは避けられなければならないと感じるだけに、触れた次第。
 そして次に触れる内容でもありますが昼間に以前の通り、静かに落ち着いて参拝出来る様になってほしい、と思えるからでしかありません。
 
・夜の参拝について

 そしてこれは伏見稲荷に限らず、夜の神社へのお参り、との事で度々聞かれたり、また話題に上がるものですが、原則論から言うと夜の神社へのお参りは余りよろしくはない、と感じます。
 これは単純に考えて神社とは神さん方の住まいと看做せるからであり、人間同士であっても、夜に誰かの家にうかがうとの事はまず避けられ、する際には何らかの事情がある場合であるのが専ら、との点からも導き出せるものです。
 要は夜は夜として神さん方も大抵は休まれる時間であり、また神社は聖域あるいは境界故に夜はその性質が反転する、との見方もあるから、と出来ましょう。特に前者については人間も休もうとしている時にいきなり誰かが来たら、それが幾ら親しい相手でも大抵の場合、一瞬はえっ?と浮かべるものでありましょうし、我が身の事としてとらえればある程度納得がいくのではないかと感じられます。
 しかし、前述した通り、東京の花園稲荷の様に夜でも参拝者のいる神社はありますし、今回の記事の主題でもある伏見稲荷にしても夜に境内に立ち入る事は出来、実際にお参りをされている方も見受けられます。ここでただの人間の家と違うのが、神社は神さん方の居られて休まれる場所であり、かつ信仰を寄せられる場所との点でしょう。
 だから私は避けられるべきではあるが、そうした機会に恵まれた、導かれた、またそれしか可能でない時は静かにであればお参りは出来る、との但し書きの形で考えております。
 故に私自身もたまに夜の街を歩いていて、ふっと知らない神社に行きついた時等は、静かに手を合わせて一礼等をしております。また、先の12月に昼の喧噪を避けるべく、夜に伏見稲荷へとお参りをした際には、鈴は鳴らさずに拍手も静かに、またこの様な時に申し訳ありませんが、との気持ちでさせて頂いた次第です。
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(2015年12月25日伏見稲荷にて撮影)
 避けられるべきはただ単に物見遊山として立ち入り、かつそこで騒ぐと言ったものでしょうか。また論外ですが、神社側が夜に立ち入れを禁ずとしている場合に立ち入る、それはもう神社に限定されない、そもそもの言語道断な話でありましょう。
 先の伏見稲荷への夜のお参りの際も、そうした物見遊山的な観光客と思しき姿は多々見受けられましたし、夏で言うならば肝試しに近いようなノリで来る姿はとても感心が出来ません。
 殊にお稲荷さんに対してはその歴史の中で密教、また各地の妖狐譚、土着信仰との関わりの中から生まれた「妖しさ」がひとつの魅力となっているのはあり、どうしてもその印象を主として抱いていらっしゃる方がそれなりにいるのは避けられません。そしてそれは別に問題であるとは感じません。
 しかし、それはあくまでも一面。神社としてのお稲荷さん、ないし伏見稲荷は基本的には信仰の場である、との見方をしてもらいたいと思える限りであり、これは前章に置いて触れました昼間の喧騒の問題にも通じるものでしょう。
 とにかくどうであれ、本来的には神社は神さん方の居られる信仰の場であり、過度に騒いだりすることは好ましくない、と常識的なマナーを持ち合わせて欲しいのです。

・異世界に誘われる事はあるのか

 色々と「昼間の喧騒について」「夜の参拝について」と触れて参りましたが、いよいよい取り上げるのは異世界への誘い、いわゆる「神隠し」はあり得るのか、との話です。
 これについては諸見解ありますが、物理的な、肉体も関わっての意味での神隠しとは少なくともあり得ない話であると感じます。しかし、そうではない精神的な、あるいは感覚的な「神隠し」は有り得るのではないかとしたく思います。
 伏見稲荷については先にも触れた「妖しさ」から足を運ぶ人が一定数いるのは事実であり、つい先日も
「【検証】伏見稲荷大社に「階段登るほど狐が大きくなる薄暗い社」がある?意見分かれオカルトホラー状態 - NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2145528932604332901 」
 とのまとめ記事がTLを賑わしておりましたが、私としてもこうした場所は物理的には伏見稲荷に存在しないのではないかと感じます。

 信仰、即ち願いとは多分に思考的・感覚的な代物であり、目には見えないものである事、そして稲荷信仰とは多分に現世利益の追求がその大なるところであるのを踏まえれば、人の思考や感覚にダイレクトにつながるものでありますので、目には見えない形ではある、それも無数に、と感じるところです。
 そもそも神社とは聖域であり、境界、鳥居はその象徴の際たるものである、とするならばその鳥居が特に無数にある伏見稲荷は、その数にも増した多元的な世界の交錯する場所、と看做せます。
 即ち、鳥居とはその数多の感覚的な世界への入り口とすれば、お参りをしている内に物理的な肉体は伏見稲荷との場所にあっても、意識ないし感覚がそうした世界の中に迷い込む、あるいは誘われる事は大いにあり得るものでしょう。そして逆にあちらから来る存在も有り得る双方向的な存在でしょう。
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(2015年12月25日伏見稲荷にて撮影)
 だから物理的な肉体はそこにあり、容姿も変わらずとも、その中身は、との具合になりましょうか。人の認識だとか記憶、また行動は神経細胞の電気信号によって成されている、とされる昨今であり、それは当然の事でしょうが、それを制御している何等かの存在があるのであれば、それこそが「神隠し」にあい、時として入れ替わってしまう貴重な部位であるのかもしれません。
 故に先のまとめ記事に登場する様な話は、それを見て帰ってきた話の一種なのかもしれません。

 以上、取りとめのない記事でありましたが、自らの考えをまとめつつ、また今後とも時として話題に上がるであろう内容ですので粗くまとめてみました。そして結論とするならば、現状の伏見稲荷のお稲荷さんは疲れている一面もある一方で、これまでにない各国・各地域から流れ込んでくる外国人旅行者を物珍しく見ているのかもしれません。
 稲荷信仰の場に人が集う、それ自体は良い事なのです。
 故にしっかりとして気持ちを持ってのお参り、またただ見るだけであればその場の空気、お参りしている人の邪魔をしないマナー、そしてその場の環境を良好に保つ管理側の「見える」取り組み、それ等のサイクルの欠如、あるいはそうと見えてしまう事が人に「お稲荷さんは疲れているのでは?」と感じさせる最大の要因ではないのかと感じるばかりでした。
posted by 冬風 狐 at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | お稲荷さん探訪録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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