2010年12月27日

山王稲荷神社・蒸気機関車と大井川の傍らに

【探訪日時】2010年12月26日
【場所】静岡県榛原郡川根本町田野口
【交通】大井川鉄道田野口駅より徒歩2分

 普通電車であちらこちらを歩いていると唐突にお稲荷さんを見かける事は良くある。その一例が東海道線西岐阜〜大垣間だろう、この区間では4つほどのお稲荷さんを通りがかる度に車窓に見ているものだが、生憎今だに立ち寄れた事がなく、見かける度にある意味では一種の一里塚として意識させられ、そして何時かはお参りに行こうと思い続けている存在である。
 その様な中で昨日、昨夏に見かけて以来、何時かはお参りに行きたいと考えていたお稲荷さんに行く事が出来たのでそれを取り上げる事にしましょう。

 大井川鉄道に初めて乗りに行ったのは昨夏の事だった。それ以前から蒸気機関車が走り、また井川線区間にはアプト式区間がある等と色々と興味深い存在ではあったが、その運賃の高さと所要時間の長さに中々機会を見つけられずにいた折、ネットで知り合った友人583さんと共に関西旅行に行く途中にて立ち寄ったものだった。
PC260196.JPG
(↑アプトいちしろ駅にて連結作業中のアプト式電気機関車、2010.12.26撮影)
 大井川鉄道自体がそれはもう思っていた以上に楽しくて仕方なく、またの再訪を誓ったのは最早必然であった。しかし興味の範囲はただ鉄道に限られるのではない、そうその沿線に地図では見つけられなかったお稲荷さんを確認したと言うのもそう誓った背景の要因として大きくあったのであって、その際に確認出来たのは以下の2つである。
 まずは千頭駅近くの「豊川稲荷千頭別院」である、これは千頭駅に到着した折に当地の地図を見て知ったものだった。そしてもう1つが今回取り上げる「山王稲荷神社」、こちらは金谷から千頭へ向かうSL急行に乗車していた際に眺めていた車窓の中に見出したもので、思わず小さな声を漏らしてしまったものだった。
 生憎SL急行はその山王稲荷神社の最寄り駅である田野口駅には停車しない。何よりその時は大井川鉄道を全線乗りとおした上で、井川駅の先にある井川湖にある渡し舟に乗る、と言う目的での大井川鉄道であったからまたの機会に、と先送りをする、ただしその場所だけは記録して再訪に備える、と言う事しか出来なかった。

 しかしまたの機会は中々訪れず、次なる夏は色々と多忙であり出かけたとは言えども大井川鉄道を行程に組み込むことは難しい地域であった。よって次に行けるのは果たして、と思っていた矢先に狐塚君より10月頃に大井川鉄道に行きたい、と言う話が持ち込まれた故に夏ではなく冬となるが大井川鉄道への再訪の機会を得られた次第である。
 当初の計画ではこのお稲荷さんに行けるかはかなり微妙なところであった。それは今回も大井川鉄道を全線乗る、更に井川線内の幾つかの駅に降りる、と言うのを前提に組んだ結果、大井川本線は単純往復するしかない、と言う形になってしまった為で今回も車窓からその姿を眺めるに留まるのは避けられない。
 だがいざ当日が近くなるとこれもまた縁と言うものなのだろうか、色々と面白い変化があった。

 まずは21日から25日まで実質、不眠不休に近い状態で東京〜大阪間を2往復する事になったのである。それも後の1往復は風邪を引いた状態でした事から、25日の晩に島田駅近くのホテルに投宿した際、疲労はピークに達しており21時頃に眠りに就いたにも関わらず、目を覚ましたのは翌日の6時と9時間余り予定よりも長く寝てしまった。
PC260050.JPG
(↑宿泊したホテルからの夜明け)
 更に起床後は来年年明けに狐塚君と共に行く予定の欧州旅行、この中でも英国滞在中の予定が定まっていなかったので、その辺りを目覚ましも兼ねて話し合い、その場でロンドンからグラスゴーまでの往復チケットをネットで購入する等していたら、当初予定していた時間の出発が不可能になったのである。最もまだこの時点では朝食を食べてからでも、乗る予定の列車こそ遅れるものの、井川までを単純に往復する事は可能であった。
 そんなかんだで大井川鉄道金谷駅に到着し、乗り込んだのは金谷9時16分発千頭10時29分着の普通電車。そして田野口駅手前の山王稲荷神社に車内から一礼してから、千頭駅に到着して井川線、ただし奥泉駅までの代行バスの車内での放送である事実を知る事になる。
PC260122.JPG
(↑千頭駅前の井川線代行バス、2010.12.26撮影)
「尾盛駅は熊が出没した為、現在お客様のご利用は出来なくなっています」
 実のところ、もう金谷駅で乗り込む時点で井川駅までの往復は今回は出遅れの影響もあって意味がない。ただ20分だけ折り返し時間を過ごす為だけに行くのなら、その手前の「秘境駅」として有名な尾盛駅の何もなさを味わった方が面白そうだ、と言う話になっていたのである。
PC260223.JPG
(↑奥大井湖上駅における尾盛駅熊出没告知ポスター、2010.12.26撮影)
 よって尾盛駅へ行く事が井川線に乗る目的と変わっていたのだが、それすらも果たせないとなるならどうしたものか、と考えた結果、急遽奥大井湖上駅に降りる事にした。これは奥大井湖上駅は井川線名物であるアプト区間が出来る背景となった長島ダム建設に伴う廃線の一部を、一定の距離一望出来る駅である事を把握していた為で、それを駅の上から眺める事を目的にしたのだった。

 だがこれだけであれば当初の予定から最終的には変わらない事になる。つまり(井川12時46時発→尾盛13時14分発→)奥大井湖上13時29分発の井川線に乗り、千頭から14時58分発のSL急行で金谷へ戻る、と言うものであり山王稲荷神社へはどっちみち行けない。
 しかしキーとなるのが尾盛駅ではなく奥大井湖上駅で折り返す事だろう。うっかり失念していたのだが実はこの奥大井湖上駅13時29分発の前には1本上り列車があり、それが奥大井湖上駅から1駅北にある接阻峡温泉駅で乗ってきた井川行下り列車と行き違うのである。
 よってそうとは知らずに奥大井湖上駅で下車した後で、掲示されている時刻表を見て12時発の上り列車の存在を知った時、それはある種の驚きに包まれたとしか言う事は出来ない。だからこそ改めて時刻表を確認して、12時の列車に乗って千頭駅へ戻った足で田野口駅へ向かい、山王稲荷神社に足を運んだ後で隣の下郷駅へ移動し、そこからSL急行に乗れる、そうと判明した時は何とも不思議な嬉しさを感じられてならなかった。
PC260234.JPG
(↑奥大井湖上駅より見る現在線と廃止された旧線、2010.12.26撮影)

 そして奥大井湖上駅12時発の上り列車に乗り込み、再び奥泉駅から代行バスで千頭駅へ戻って昼飯を食べてから、今度は大井川本線の列車に乗り込んで田野口駅に到着したのは14時6分と少し日差しも落ち着いた頃合だった。
 揺られてきた近鉄車両の普通電車から下車したのは、自分達2人のみで駅舎や駅構内の観察をしてから、早速駅より200メートル余り金谷寄りにある山王稲荷神社へと向かう。
PC260338.JPG
PC260353.JPG
(↑上は田野口駅を発車する近鉄車両、下は田野口駅より山王稲荷神社へ続く道、2010.12.26撮影)
 山王稲荷神社には鳥居はない、立地はと言えば目の前の道路を挟んで大井川鉄道の線路、そして線路の向こうは木の生えた傾斜地の下には天竜川、と言わば3つの流れに接している。
 拝殿と本殿は分離しており、いずれも朱塗り等はなく茶色と白の2色に彩られていると言える。どこかそれはお堂の様な雰囲気であるが、だからこそだろうか、ふと目にすると足を向けざるを得ない存在感がその雰囲気の正体であると思える。
PC260355.JPG
(↑山王稲荷神社全景、2010.12.26撮影)
 神額は横に大きく茶色の額の中に黒く「山王稲荷神社」と太く筆で描かれている。賽銭箱や鈴を始めとした設備もしっかりと手入れがされており、古びているとかそう言う気配はない。とにかく地域の人々によって変わらず大事にされているその気配が、新年を迎える装いも相俟って随所に漂っていた。
PC260356.JPG
 由来も正面から見て左手の斜面際に設置されており、それによれば山王神社のお稲荷さんを合祀した神社であるとの事である。解説の大半は山王さんについて割かれている事を考えると、元々は別の存在であった山王さんとお稲荷さんが何らかの理由によって合祀された、と言う書き出しには強い説得力がある。
 しかし何時からこの地にあるのか、また合祀時期に付いては特に明記されてなく、ただ古来から、とのみ書かれていた。由緒自体は平成4年1月に建てられたとある事から、比較的最近であるのも興味を惹かれるところだろう。
PC260357.JPG
 静かな山間にたたずむ良い気配に包まれたお稲荷さん、その一言に尽き、なおかつまたここに足を運びたいと思えてならないお稲荷さんと言える。
 なお千頭駅付近には先に取り上げた豊川稲荷の他に稲荷神社、また家山駅近く、そして島田市街にもお稲荷さんを確認しているので、機会を改めてまた訪れたいところです。
 PC260358.JPG
 なお写真は全て2010年12月26日撮影。
posted by 冬風 狐 at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | お稲荷さん探訪録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

12月、今年最後の盛り上がったゑの木市と狐面色々

 さて昨日は毎月恒例の装束稲荷ゑの木市へと参加して参りました。
 今回は同じ高崎に住む狐野君と共に向かいましたので合流する関係もあり、まだ東の空が鮭の切り身の様な赤さに染まった、太陽が頭を出す前の6時ぐらいに家をでて冷え切った空気の中を駅まで自転車。そして別の駅で合流した後、高崎線にて上野を経由して王子へと着いたのは9時半を回った辺りでした。
 王子駅の改札を出ると早速ある物が目に入ります、それは12日後に迫っている大晦日から新年にかけての狐の行列、つまり「王子狐の夢行列」の開催を告げる横断幕でして、共にある黄色い提灯がなんとも良い具合になっています。そして向かう道も黄色い提灯が飾られていて、いよいよ大晦日が迫っている事を実感させられてなりません。
PC180072.JPG
PC180073.JPG
 それを眺めてから早速装束稲荷へ、既に準備は始まっていましたので荷物を置いてからこちらも準備に加わります。最も今回は途中で場所を移し、スピーカーの設置に必要な配線を探したりと言う、そう言う作業をしている内に時間はあっという間に過ぎて、12月にして今年最後のゑの木市が始まります。
 今日もうどん屋さんの出店はありませんでしたが、代わりに御餅が売られていました。越後名産栃尾のこがねもち、と言うもので1袋500円でしたがそれなりに売れておりました。それ以外は何時も通りと言う具合で、じわりとした寒さに包まれていたのでお客さんが来るか心配でしたが、幸いにも昼が近くなると人通りも多くなり、こちらについてもホッとしてしまったものです。
 さて今回は夕吉さんがやって来ました。本当は来れない予定だったのですが急に来れる様になった、との事で久々に狐神楽のメンバーが、都合あって華姫さんが来れなかったとは言え一揃いした事になります。
PC180078.JPG
 よって路上を利用した狐舞も今回は盛大なものになり、火狐・水狐・土狐・夕吉の四狐勢ぞろいで繰り広げられたのには多くの人が集まりましたし、喝采を浴びてはカメラを向けられていました。
PC180084.JPG
PC180088.JPG
PC180094.JPG

 さてそんな中、今回は中々面白い出会いがありました。それは近くにある日本語学校に通う中国人留学生の一団が、地域の祭りを見る為にやって来たと言う事で、今回は商品を売るのではなく専らその留学生達の質問に答えて、また雑談も交わす事がメインとなりました。
 質問されたのはこのゑの木市に間する事に始まり、狐、つまりお稲荷さんについて、そしてこの地域について、と多岐に渡りました。
 主に狐野君と自分がその担当をしていたのですが、色々と日本人に対して説明するのでも込み入った内容があるだけに、色々と噛み砕いて説明する必要がありましたが、それ等は楽しいものでしたし、その熱心さには驚かされます。彼らの日本語は矢張り独特の訛り等はあるものの、会話を交わす分には問題なかったもの。書く字もきれいなもので逆にこちらの悪筆が、手もかじかんでいたからとは言え恥ずかしかったものです。
 その内にお互いの話にもなりまして、今回お会いしました留学生の皆さんは湖南省から来ているとか。その位置は分かりましたがどういう省だったのかうっかり失念していたので、その辺りも尋ねますと毛沢東の出身地であるとの事でなるほど、と納得したものです。そして矢張り辛い料理が名物、つまり暑い地域であるだけに日本は寒いとも漏らしていました。
 それ以外では流れで君が代をこちらが歌い、返しで留学生達が義勇軍行進曲、つまり日本国歌と中国国歌を交互に歌う展開もありました。これは自分と狐野君が対応する前の段階、つまりこのゑの木市を開くに当たって色々とお世話になっております菊秀さんが各地の民謡等を披露する流れの結果故でしたが、悪く無かったですしこれがあったからこそ、あの様に活発なやり取りへとつながったのではないかとも感じています。
PC180104.JPG
 ちなみに中国における狐のイメージは狡猾なのだとか。農民の飼っている鶏を食べてしまうから、と言うのがそのイメージの理由だと言う事なので、この辺りは稲を食べてしまうネズミを食べてくれる存在、つまり益獣としてのイメージが狐にある日本とは対照的に感じるものです。
 それ以外では個人的な興味として、鉄道、特に中国の鉄道乗車時に行われる身体検査とはどんな物なのか、と尋ねてみると大規模なイベントの際には大抵行われるが、そこまで厳しいものではなくされない時もあるとの事。この辺りは日本での報道を通じて感じるどこか厳格なイメージとはまた違う、中国にいなくては分からない感覚の一端を知る事が出来ました。
 ちなみに中国人に驚かれたのは日本にいると外国人と接する機会が少ない、と話した事でしょう。あくまでも普通に生活している限りでは余り外国人と話をする機会が中々無い、と話すと強く意外だ、との反応が返って来ましたし、その辺りでも色々と話を出来たのは大変貴重な機会であったと思います。

 ゑの木市の片づけが済んだ後は近くの食堂で食事をして簡単な打ち上げ会。そして王子駅へ戻る道すがら装束稲荷へ立寄りますと、ちょうど提灯に明かりがともって文字通り輝いておりました。これを見ると都合故とは言え、大晦日の狐の行列に参加出来ないのが何とも残念でなりません。
PC180108.JPG
 さてその後は狐丸さん並びに狐野君、そして遅れてやってきた狐塚君と共に日暮里の布地問屋へ。これは自分の狐面が出来上がったので、その狐面を被った際に頭に巻く布を探す事になり、この辺りは全く分からないので狐丸さんにお願いして連れて行ってもらったと言う事です。
 幸い、連れて行って頂いた布地問屋にてイメージと合う布地がありましたからそれを購入。1メートル580円と言う価格もちょうど良いものでしたし、少し加工して狐面を被る際に活用するとしましょう。
 なお以下の写真が頭に布地を巻いた上で狐面を被った姿です、下に巻いていない状態での写真を載せてありますが、なるほど髪の毛が見えないだけでかくも違うとは、と言えるところがあります。
PC180113.JPG
PC120014.JPG
 布地問屋を出て狐塚君が先に離脱してからは、1時間ほど場所を改めて狐野君と共に太鼓の稽古。これまで自分1人で、あるいは狐野君と2人で太古の稽古は折を見てはしていましたが、笛の音を聞きながら太鼓をたたくのは実は初めてでしたので中々苦戦してしまいます。
 幸いにして、ちょうどその日に笛のCDが手に入りましたから、今後はそれを流しながら笛の音と太鼓の音を一致させる、つまりリードする形の笛の流れに太鼓を合わせていける様に努めて行きたいものです。また太鼓の叩き方に変な癖が着いている事がわかったので、次の稽古までにはそれ等を確実なものにしていきたいものです。
 そして夕飯をご一緒してから上野駅で狐丸さんとは解散、狐野君と共に高崎線に揺られて帰宅したのでした。

 ふと振り返ると狐神楽と出会ったのは10月ですからまだ2ヶ月前の事に過ぎません、2ヶ月前にはここまで関わる事になるとは思っていませんでしたし、加わった結果、得られた縁も本当に貴重なものに思います。
 この場を以って、と言うのが失礼かもしれませんが心から感謝したいものです。そして来年には何とか、お返し出来る様に精進したいものですし、今後ともよろしくお願い致します。
posted by 冬風 狐 at 20:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

狐面にヒゲをつける夜

 どうもこんな夜中に狐面へヒゲをつけていた狐です。
PC120012.JPG
 狐神楽で使う狐面を製作した( http://inarikitsune.seesaa.net/article/167173539.html )のはもう遡る事2ヶ月前。季節は秋と言える10月半ば過ぎでしたから、ようやく取り付ける事が出来たと言えるでしょう。
 最もどうしてこんなに時間を要したのか?それはどの様にして狐面に穴を開けるか、またヒゲにふさわしい素材は何かと探していた為でして、11月末にふと立寄った立川のユザワヤにてそれ等を見出すまで1ヶ月を要してしまった事、それが大きかった為です。
 ヒゲの材料として購入したのはス玉、こちらは下の写真の通り2種類玉の太さの違うものを用意しました。また狐面に穴を開けるのには当初は錐を考えていましたが、狐面の鼻と言う構造的に比較的力に弱いであろう部分に穴を開けるのはリスクがあると考え、ある程度力を加減しやすいであろうと手縫い針の一番太いものを購入して準備は完了です。
PC120001.JPG
 元々自分の狐面には3つヒゲが筆にて描かれていましたので、その通りのままに穴を開ける予定でいましたが改めて眺めていますと、3ヵ所は多いのではないか、と言う事で2ヵ所、つまり2対の穴を開ける事にします。
 穴を開けるには狐面に針を立てなければなりません。何ともそれは忍びないもので最初は結構、やりにくいものがありましたが、それに耐えて1つ開け切ってしまえば後はスムーズに開けられてしまうのが不思議なものでしょう。ちなみに針は3種類のセットでしたが結局その中で一番細かった、太さ1.8ミリの物を利用しました。
PC120006.JPG
PC120007.JPG
PC120008.JPG
 続いてはス玉の両端の玉の内、片方を切断して穴の中へと入れていきます。
 なおこの際、ス玉の玉が大きいものを2つ、細いものを1つと言う割合の3つを投じる事とし、少し形を調整した結果、手前のヒゲが上向きに跳ね、奥のヒゲは横に水平になる具合になりました。ちなみに片方だけ玉を残したのは、接着するとは言え裁縫で言う玉留めの効果を狙った為です。
PC120005.JPG
 そして裏からアロンアルファで接着させれば完成、針で穴を開けるのに意外と時間がかかり、全体での作業時間はおよそ1時間と言うところ。
 被ってみた姿が以下の具合、被ってみたところアロンアルファの臭いが思いのほか強く、これはしばらく乾燥させて臭いを取らないと長く被るのは難しそうだと感じざるを得ませんでした。なお撮影してくれましたのは狐神楽仲間の狐耳君です。
PC120014.JPG
 そんな訳でようやくヒゲのついた自分の狐面。今週末のゑの木市がこのヒゲが新たに付いた狐面を初めて外に持っていく、そんな場面となる予定です。 
posted by 冬風 狐 at 04:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。