2010年10月31日

狐神楽の初稽古

 さていよいよ10月も終わるそんな間際の時間となり、ふと振り返るとこの1ヶ月は狐に関する趣味の点でこれまでにない大きな変化が見られたものでした。
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 それはこれまで自分だけ、あるいは狐塚君やアリエッタさんと言った友人との間でのみ、ある意味嗜んでいた狐趣味が、ある1つの形になった月であったと言えましょう。つまりある形でネット上に限られない、つまり目に見える形、実体としての一面を得られたと言えるのではないかと思います。
 それは即ち、アリエッタさんが縁となって関係を持つ事が出来た、既にこのブログでも数回に渡って取り上げています「王子 装束ゑの木 狐神楽」への参加であります。そして昨日、台風の中、最も参加する事を決めてから台風が襲来してきたのですが、その中を神楽メンバーである狐野さんと共に高崎駅より都内へ向かい、初めての稽古に臨んできたのでした。

 そもそも「稽古」と名のつく物に参加したのはこれが初めて。一応、狐野さんやアリエッタさんより幾らか話は聞いていましたが、矢張りここは経験した事がないからこそ、かなりドキドキしていたと言うのが内心でした。
 しかし同時にどこか楽しみに思っていたのも事実であり、やると決めたからにはやろう、と言う事で雨風強い浅草の街を歩いて稽古場へと向かいました。その際、稽古場に入るところでの急な強風にゆり傘がお釈迦になる展開はありましたが無事たどり着き、先に到着していた狐神楽の代表にして、言わば師匠となります狐丸さんと合流して、挨拶と雑談の後に早速始まります。
 「稽古」と名の付く物は、と書いたものですが当然ながら神楽にする側となるのも当然初めて。なので素養も何もあったものではありませんから、正に一からの手習いとなります。今回しましたのは太鼓で、これは以前ゑのき市に参加した際、狐丸さんと話をしていて狐面を作ると共に太鼓を、と勧められた事が強く記憶に残っていましたので、それ故にこちらから希望した次第です。

 およそ2時間半ほどの稽古でしたが、色々と感じさせられた時間でありました。当然、全くの初めてですから色々とお手をかけさせた事でしょうし、自分としても中々申し訳ない気持ちを抱けてしまったものです。しかし何よりも感じたのは楽しい、かつこれはモノにしたい、と言うある種の欲求でありました。
 とにかくまずは太鼓のリズムを覚える所からとなります。早速撥と楽譜も手にいられましたので次に稽古に参加できるまで、時間を作っては練習して掴んでいかねばなりません。
 矢張り皆さんの足を引っ張ると言うのはなるたけ避けたくあります。それは申し訳ないと共に自分が耐えられないところがあるからと言えるでしょう、そして何に増しても折角得られた縁でありますから、末永く生かして行きたいと思えてならないものでした。

 ちなみに既にここまで書いているので察せられている事かと思いますが、前回のブログ( http://inarikitsune.seesaa.net/article/167173539.html )で取り上げました狐面は、この狐神楽参加の為に製作したものです。稽古の際に初めて狐丸さんに披露、となりましたからどう言う反応が返ってくるか、これも少しばかりの緊張を浮かべてしまったものですが、まずまずの評価が得られてホッとしたものでした。
 今後は平面さを解消。つまり何か立体感を付けていく方向になましたので、髭等をさてどうつけようか、こちらについても折に触れて考え、実行していこう。そう考えている神無月も終わる雨音響く夜なのでした。
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2010年10月25日

自分用の狐面を作ってみた

 さて先日、と言えど、あと少しで1ヶ月が経過しようとしていますが、10月3日にご縁ありまして王子の狐神楽の皆さんのお手伝いをさせてもらった時と比べますと、大分季節も冷たくなってきたものだと感じます。
 そんな10月、神無月もそろそろ終わりを迎えるところですが、数日前より取り組んでいました狐面作りが仕上がりましたのでご紹介したいと思います。なおそもそもどうして狐面を作る事になったのか、と言いますとそれは冒頭の狐神楽の皆様と今後も色々とご縁があるものですから、それ故に、ある意味ではその証として製作するに至った次第です。
 当初は紙粘土等で一からこしらえようか、と考えていました。しかし以前から机の上に置いてあり、何かする度に眺めていた狐面が1つありまして、何ならそれを活用してみようと思い立ち、まずは面の上にBの黒鉛筆にて薄く思うが侭に色分けの線を塗っていきます。
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 そしてそれにアクリルガッシュで色を塗っていきます、塗り終えたのが以下の写真となりますが、予想よりもやや明るめに仕上がりました。また耳周りの黄色の箇所は当初藍色にする予定でしたが、テーマが「甲州狐」ですので、敢えてここは明るい黄色とします。
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 そして水溶性ニスを塗り終えて完成。アクリルガッシュ等を入念に乾かす期間も含め、製作に要したのは6日間となりました。
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 材料はまずは元々あった狐面、実はこの狐面は神社で手に入れたものではなく、ふとネットのオークションサイトを昔に眺めていた際、何故だか欲しくなり購入してしまったと言う経緯があります。それ以外はアクリルガッシュと絵筆、パレットとニスにニス用の刷毛で総額3000円と言う所で収まりました。
 なお頭には紐で止めます、またメガネをつけたまま被れる様になっています。

 前に触れた様にこの狐面のテーマは「甲州狐」です。これは自分が山梨出身である事を知った、狐神楽の代表をされています狐丸さんよりそれをテーマにしてみては?と提案されてのものになります。
 当初はもう少し地味な配色にするか、それとも武田信玄をモチーフとして派手な感じにしようか、と悩みました。そしてその際にふと参考にした信玄図の服装、特に鎧の下に身にまとっている衣服が若草色でしたので、では首周りは緑系統、と言う事で黄緑と緑を混ぜた深みのある緑色にしました。
 頬の水色については信玄の功績として今に伝わっている最大の存在が信玄堤、つまり治水事業である事からその様にしました。また甲州は山に囲まれた土地柄、山の緑とその地下に蓄えられている水、そして湧き出る川と言うのが矢張り長年住んでいたイメージの中にありますので緑あっての水、と言う意味合いを込めたものです。
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 最後の黄色はまずは甲州金、つまり山の中に眠る地下資源であり信玄の力の一翼を担った金をイメージしました。また山の緑に治水、と来れば里の営みの結果としての黄金色の稲穂の海がありますので、この3色はそれぞれが関連しあう要素とも言えましょう。
 そして水色と緑色の間にあり、更に鼻筋にある紅色は武田の赤色と稲荷の朱色を混ぜたものです。またその、特に鼻筋の形状が逆三角形状なのは、利用した狐面に額に稲荷の宝珠の紋がありましたので、それを尊重すると言う意味合いもあります。それ以外の色については元々塗られていたものをそのまま流用しています。

 久々にこの様な事をしたものですから中々新鮮なものでした。特にニスに至っては中学以来ですので、あのツンとした香りには懐かしさもあります。
 反省すべき点はもっと色合いを派手にしてしまったも良かったかもしれない、と言うところです。いざ完成した姿を見ますと、耳の下の白い部分が何だか空いて見えてしまいますしも耳の中の赤色と対比になる色でもすっと走らせてみたら、等と感じながらも仕上がった事にほっとしています。
 とにかくは完成となりましたし、今後狐神楽に参加する際はこの狐面と共に行く事になるのでしょう。何はともあれ励んで行きたいところでありました。そして最後に被ったらこうなります、うーん狐です。
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2010年10月19日

蘇和稲荷神社・旅の始まりに面するお稲荷さん

【探訪日時】2010年10月9日
【場所】広島県尾道市尾道駅前
【交通】山陽線尾道駅より徒歩1分

 さて4年ぶりの更新となるお稲荷さん探訪録。その第一弾は今月初めの旅行で偶然立ち寄った、広島県は尾道駅前にある蘇和稲荷神社を取り上げましょう。

 尾道駅に到着したのは11時27分。相変わらず降り続いている雨の中を改札口にて合流した狐好きが縁で知り合った友人、キリヲさんと共に尾道ラーメンを食べた後、さてどうしようかと辺りを見回していた時に気付きました。
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 それははためく幟旗と共に整備されて、ガラス張りの建物と緑の芝生と言う今風な空間の中に忽然として現れた社の姿に目が惹かれました。何より駅前であり、かつ道路の隣は海と言う狭い土地にそれ等が一気に詰まっている光景は大変興味深いものでした。
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 それだけでも足をふと向けてしまうのに十分でありましたが、より興味を惹かれたのはそこに「稲荷」の文字が躍っていた事でしょう。雨は相変わらず降り続いていましたが、雑談の為にどこかの店に入り込む前に1つ、と言う事でペディストリアンデッキを屋根代わりにしながら早速近付きます。ちなみにそこはバス乗り場となっており、その後ろにしっかりとしたお稲荷さんがあると言うのも中々面白い光景でしょう。
 そうしてたどり着いた参道の入口、そこからはまた雨の下となりますがそれもまた一興。何よりも今朝の激しい雨と比較すると大分弱まっていたのは確かでしたから、まずは入り口の撮影をした後、すっと参道へと足を踏み出します。
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 それにしましてもふと立ち止まって見つめる、否、見上げると背景としての前述した建物の姿が何とも対照的であるのが改めて印象に残ります。最も拝殿自体も比較的新しく、敷石や参道にもそこまで古い時代の気配が漂ってはいません。ですからこれはある意味では美味い融合模様を見せている、とも言えるでしょう。まるで神社そのものも同時に造られたかの様な印象を受けてしまいます。
 とは言え鳥居に先立って境内の入口にある2つの右手には「霊威赫奕震四海」、左手には「盛徳廣大利萬民」と刻まれた石柱は「明治35年」。そして鳥居自体は中々の古い物で鳥居には「明治44年11月」の文字が。これを見ると駅前一帯の再開発、それ以前から唯一伝えられているものである事が一目瞭然であり、その歴史を感じさせられます。
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 生憎、境内には由来を示す物はこれ以外にはなかったので創建年等の詳細は今なお不明です。しかし駅前の再開発自体は1999年に行われた模様ですので、この真新しい融合模様はまだ11年余りの光景と言えましょう。
 さて狐像の方は対照的に新しく、恐らく再開発により建て直された際に新しい物に交換された事がうかがえます。これ自体はやや残念なものですが、狐像は石像とは言え鳥居等と比べますと加工されている分、風化や劣化が進みやすい点があります。故に致し方ないのかもしれません、神額についても新しい物に交換されていました。
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 拝殿の扉は開かれており、すっと一礼を。そしてお参りを済ませてから、しばらく今度は境内の中から整備された駅前を一瞥して戻った次第でした。
 そして前述した通り、境内を出たところがバス乗り場であり、駅であると言うのが改めて印象的。つまり神道の本来の姿である神とは1つの場所に留まるのではなく、様々な場所を渡り歩く、その発想に通じる旅の出発点であるのが後世の発展に伴う偶然り産物とは言え、ふとした縁を感じます。

 なお帰宅後にこのお稲荷さんについて検索してみたところ、幾らかの写真は拝殿の扉が閉じられた状態になっていました。ちょうど幟があがっていた事を考えますと、恐らく扉が開いていたのと関連する、つまり秋祭りの時期であったからではないかと思えます。よって自分は中々貴重な光景を見れたのかもしれません。
 そしてこのお稲荷さんの他にも、山陽線の車窓を眺めつつ東へと戻る際に、あちらこちらで同様に幟がはためいていたものです。10月の始めで稲刈りがそろそろと言う時期、また相生の手前まで良く目立ったもの。
 恐らくはちょうど岡山県から広島県にかけて秋祭りの時期であったのでしょう、兎にも角にも偶然にして印象に強く残る探訪となったのでした。
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posted by 冬風 狐 at 06:02| Comment(0) | TrackBack(0) | お稲荷さん探訪録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

狐の街、王子装束稲荷の「装束ゑのき市」

【探訪日時】2010年10月16日
【場所】東京都北区王子装束稲荷神社
【交通】京浜東北線・地下鉄南北線王子駅、都電荒川線王子駅前駅より徒歩5分前後、JRバス王子停留所より徒歩3分

 王子は都内では比較的北の方に位置し、下町の一角を構成する活気のある地域。しかし京浜東北線が止まるものの高崎線や東北線と言った主要幹線が通過する事から、中々、地域以外の人が日常的に接する地名ではないでしょう。
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 むしろ王子と言うと王子稲荷を連想する人の方が多いのではないでしょうか。古くから中々知られているものですから、行った事の無い方でも聞いた事はあるかと思います。
 何より、少しでも歴史等に興味のある方であれば、広重の手によって描かれた浮世絵を浮かべられるのではないでしょうか。狐が集うその浮世絵とは「王子装束 ゑのきの木 大晦日の狐火」。今回はその浮世絵が大いに関係する、狐にまつわる縁日を取り上げましょう。
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 さて王子は前述の通り、王子稲荷の鎮座するお膝元であります。そして浮世絵の題名に「狐火」とある様に狐火が煌々と見えるほど狐が集う。つまり毎年年越しと新年の挨拶に王子稲荷へと、関東各地からお稲荷さんの使いとしての狐達が集まり、一同共にして王子稲荷に向かうとの伝承故に始められたのが「大晦日の狐火」ならぬ「王子狐の行列」です。
 これは毎年12月31日の大晦日に行われる年越しのイベントとして、江戸に伝わった上記の伝承を広く今に形となって伝える行事であります。狐のお面をつけた人々が灯した提灯を手にして王子の街を王子稲荷に向けて練り歩く、今ではすっかり風物詩として定着している、そんな行事です。
 そのスタート地点となっているのが縁日の舞台ともなる装束稲荷神社、王子稲荷とは鉄道線路を挟んでいる形であり、両者の間は徒歩5分ほどで行き来出来るほどの至近距離。しかし街角にあるその姿は、王子稲荷と比べると正にこじんまりとの言葉が似合うお稲荷さんであり、どこかホッとさせられる気配を漂わせています。そしてその由緒は古く、殊に王子稲荷を語る上でその縁を切る事は出来ない、極めて重要な存在であります。
 繰り返す形となりますが大晦日の「王子狐の行列」、そしてその元となった新年の挨拶に赴く狐達の伝承は王子稲荷はお稲荷さんの関東総司、となっている事にそもそも由来します。よって新年の挨拶ですから礼装で行かねばならないのは人も狐も同じこと、故に先の広重の浮世絵も、ただ新年の挨拶に関東各地より王子稲荷へ訪れるお稲荷さんの使いの狐達が、狐火を灯して集まっているに留まりません
 つまり絵の中に描かれている榎の大木、これは装束稲荷のご神木となっている榎でありますが、その根元にて身支度を、挨拶に相応しい装束を整えているシーンをも包括していると言えます。

 故に装束稲荷神社が「王子狐の行列」のスタート地点となっているのです。
 同時に行列自体には地域、王子の人々が主体となって伝承を継承する事を目的とする、つまりある種の町おこしの一躍を担う存在であります。そして今回ご紹介します、装束稲荷の縁日たる「装束ゑのき市」もその流れを汲むものであり、かつ目指して始められたもので、毎月第三土曜日に有志の手によって開催されています。
 なお自分がこの度、こうして接する事になったのも前回取り上げました「みのわの里の狐の嫁入り」にて、撮影等でお手伝いをさせて頂きました「王子 装束ゑの木 狐神楽」の皆様が、その運営に強く携わっている為です。故に縁あっての機会と言えますのでその事も踏まえつつ、先の17日にありましたゑのき市のレポートをしたいと思います。
 
 ゑのき市はまだ始められて日が浅く、有志の手によるものですから縁日とは言え、その規模は極々小さなものです。
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 まずは2〜3店ほどの地元商店街有志による露店が挙げられます。今回は3店が並んで菓子や稲荷寿司や油揚げ、また赤飯や団子等を販売しており、購入した食べ物を鳥居の前に用意されたベンチに腰掛けつつ食せる用意もされていました。
 自分もその場で昼食も兼ねて頬張らせて頂いた口でありますが、その後も話を伺いつつふと眺めていると1人2人と立ち寄る人の姿が常にあり、中々の和んだ、そして程良い活気のある空気が醸し出されていました。
 なおこの露店の顔触れは毎度変わるとの事で、普段はうどん屋もあるとか。価格も150円や300円と中々お手頃価格で揃えられており、昼時の一服を吐くには最適な環境であると思えます。
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 他にも今回は普段は大晦日の時のみ販売される、狐面の販売も社務所にてされており5種類ほどの狐面が並んでおりました。

 露店以外では縁日の名の通り、神楽もあります。装束稲荷を訪れた事のある方であればふと合点が行くかもしれませんが、お社の隣の道路に面する榎のご神木、その左にある榎の絵の描かれたシャッターのある細長い建物。
 実はその中身は1階は社務所、2階はお囃子の舞台になっており、2階の舞台で奏でられるお囃子と共に面する路上で前述の狐神楽の皆様の手による神楽、狐神楽が演じられるのです。
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 最も今回は都合によりお囃子をされる方が来られず、お囃子に乗った神楽と言うのは生憎披露されず仕舞いでした。
 しかし時折、人の流れを見計らっては短く狐面をつけた狐神楽の方が軽く舞い、人々の注目を集めていましたし、同時に自分としてはそれだけ様々な話をお聞きする事が出来たのは、やや複雑ではありましたが幸いでもありました。
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 縁日の時間の方は10時から14時と言うのが基本的な時間ですが、時として15時や16時辺りまで露店が出ている事もあるとの事。
 今回は気候が落ち着いて来た事もあり、通りを行き交う人が多く売れ行きも好調で、14時ごろには用意された団子や油揚げは売り切れてしまい盛況の内に終わる結果となりました。ちなみに先月は余りの暑さに人通りが悪く、中々難儀したとの言葉にふと、今年の夏の尋常ではない暑さを思い返してしまいます。

 次回の開催は来月の第3土曜日、つまり11月20日となります。秋もすっかり深まっているであろう時期でしょうが、そんな昼時の散歩も兼ねて足を運んでみるのはいかがでしょうか?きっとのんびりとしたひと時が味わえるであろうと思えます。
 なお当日の模様に付きましては狐神楽代表をされています狐丸さんのブログ( http://blogs.yahoo.co.jp/consamano1/34287350.html )にも取り上げられていますので、あわせてご覧頂けるとよりその様子が分かるのではないかと思います。何とも楽しいものでした。
 末尾ながらお誘い下さいました狐神楽の皆様、並びに様々な話を聞かせて下さい商店街有志の皆様、真にありがとうございました。縁日のますますの発展を願いつつ、今後ともよろしくお願い致します。

 写真は6枚目のみ2006年7月1日撮影、それ以外は2010年10月16日撮影。
posted by 冬風 狐 at 02:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 狐名所・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

きつねの嫁入り祭りと狐神楽

【探訪日時】2010年10月3日
【場所】群馬県高崎市箕郷地区
【交通】高崎駅または北高崎駅より群馬バス「浜川経由箕郷行」「伊香保温泉行」「沖経由箕郷行」の何れかで約40分、箕郷支所最寄の四ツ谷まで480円、嫁入り行列スタート地点近くの箕郷田町まで500円。前橋駅からの群馬バス及びイオン高崎からの「ぐるりん」も有。

 さて昨年9月には栃木県那須町にてありました「那須九尾祭り」へと足を運んだものですが、あれから1年余りが経過した今回は、群馬県高崎市にて行われました「みのわの里のきつねの嫁入り」へと足を運んできました。
 この祭りは今回で第9回となるもので、高崎市の北部、かつて箕郷町として別の町であった箕郷地区にて開催されています。祭り自体は3年ほど前に知りまして、以来、毎年の様に行こう行こうと思っていましたが中々機会に恵まれず、ようやくこの度参加出来た次第です。
 会場は高崎市箕郷支所ですから遊びに来た狐塚君と共に、群馬バスの伊香保温泉行にて四ツ谷停留所まで揺られること40分余り。そこから歩いて100メートルほどの所に合併前は箕郷町役場であった高崎市箕郷支所となります。最も最初のイベントである「きつねの嫁入り行列」はここからスタートするのではなく、こちらはゴールとなりますからここにいても最後しか見る事は出来ません。
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 ではどうしてここに来たのか、と言うと実は今回は純粋な観覧客ではなく、友人のアリエッタさんが参加している神楽団体「狐神楽団」のお手伝いを兼ねていた為です。
 故に参加者向けの控え室のあるこちらに立ち寄り、先に到着している「狐神楽団」の皆様にご挨拶と打ち合わせをすべく、こちらに立ち寄ったのです。普通に参加するのであれば箕郷田町停留所で下車するのが近いものでしょう。
 よって今回のレポートは狐神楽の皆様と共に、と言う形からからのレポートとなります。

 自分と狐塚君は舞う事は出来ませんから、狐神楽の皆様の撮影係と言う事になりまして、打ち合わせるなり「嫁入り行列」のスタート地点までバスで移動。そして沿道から行列と共に移動して撮影を、する事になります。ちなみにこのスタート地点はパンフレット上では地区の集会所なのですが、実際は集会場と共に八坂神社がある、即ちお稲荷さんではありませんが鳥居の前と言う中々よろしい場所。
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 そしてそこから白面の狐メイクをした行列参加者によって作られた長い嫁入り行列が、高崎鳶職組合有志の木遣を合図にスタートし1時間ほどを練り歩く次第。狐神楽の皆様はその殿を、王子装束稲荷の提灯を手にして務める格好となっていました。
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 動き出したのは予定を10分弱経過した11時10分頃。その直前までチンドンの音に盛り上がりを見せていたものですが、行列の動き出しは一気にそのレベルを上げ、沿道に詰め掛けた人々の歓声とカメラの放列の中を、しずしずと太鼓の音に合わせながら行列は進んでいきます。
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↑花嫁と花婿、奥にいる太鼓の音が響きます。
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↑帯の向きが違う事に注目、お待ち女房の皆さんです。
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↑およそこの辺りで半分を少し過ぎた辺り。
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↑行列の殿を務める狐神楽の皆さん、王子より行列へ遥々やって来た、となっています。
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 また一定の間隔で「コーン」と言う掛け声と共に、行列参加者が一斉に狐のポーズを取る様も見られます。沿道の歓声もこの時とばかりに繰り返し繰り返しあがり、何とも盛り上がったものでした。
 そして狐神楽の皆様は衣装と共に狐面を身に着けている事もあり、「本物の狐さんが来た!」「かっこいい」と殿にも関わらず、かなりの人気ぶり。特に前述した掛け声に合わせてのポーズの際は殊更映えてたのは言うまでもなく、注目度も俄然それに従って上がります。
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 行列は予定では30分ほどで途中休憩となるのですが、矢張り今回は人出も多かった事もあってかゆっくりと進行。結果として10分ほど、開始の遅れとは別に遅れて休憩場所の東向八幡神社に到着します。
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 ここでは15分ほどの休憩がとられますから、その間は行列の主役たる狐の花嫁と花婿の撮影を始め、狐メイクと装束をした参加者それぞれが何らかの形で観覧客と触れ合いつつ、ひと時を楽しむと言う光景が見られていました。
 無論、それは狐神楽の皆様も例外ではありません。特に赤い髪が特徴的な白狐面を被った団長の狐丸さんは特に注目を集めておりまして、リクエストに応じてポーズを取り、あるいは記念撮影の中に納まって、と正に引く手数多の具合。
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 そんな中で瞬く間に時間は過ぎていき、再び始まった行列はゴールの箕郷支所目指して街中を練り歩いていき、ようやく到着したのは予定よりも20分余り経過した12時20分の事でした。なお道中にはこれまでにも増して観客、特にカメラを手にした方々がつめかけていたものです。
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 なお到着後もしばらく、撮影タイムが続いて盛り上がりを見せていました。また一部の撮影者の帽子等に某大手旅行会社のツアー名の入ったワッペンがあるのも見受けられましたから、ツアーが組まれる等もしていたのかもしれません。
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 その後は箕郷支所に設けられたステージに舞台は移ります。そこでは箕輪城址にある雲隠稲荷神社の祭祀の後、地元のサークルレベルから近隣の相馬ヶ原に駐屯する陸自第12旅団音楽隊に至るまで、様々な団体が各自の出し物を繰り広げる中、狐神楽の皆様も舞を披露の次第。
 以下の動画がその舞の模様でして、多くの関心と共に拍手を得ていたものです。また神楽拍子ではない舞と言うのも個人的にも興味深く思いましたし、撮影しながら中々楽しめてなりませんでした。

 それが終わった後は、控え室に自分と狐塚君も下がり、狐神楽の皆様と雑談したり、あるいは出店で売っている焼きまんじゅうを頬張りつつ日が暮れるまでの時間を過ごします。アリエッタさんの紹介により、こう言う機会を得る事が出来たものですが中々楽しく、何ともありがたいひと時でありました。
 ちなみに下の写真の焼きまんじゅう、サイズが小さいと思われるかもしれませんが、実際2つで通常のやきまんじゅう1つに相当するサイズの「ころやきまんじゅう」なる新商品。売りは汚れない、だそうですが確かに文字通りの一口サイズで口元は汚れる事はありませんでした。1串60円と言うのもかなりの安さでしょう。
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 なお「きつねの嫁入り祭り」ですから会場のあちらこちらに狐の姿があり、売店でも狐グッズが複数売られている等、それ等を見ているだけでも狐好きとしてはたまらない、至福の時間を過ごせたと言えましょう。
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 ちなみにパンフレットもこの時にようやく購入したのですがパンフレット単体でも、パンフレットときつねの嫁入り手拭のセット、あるいは嫁入り手拭のみの何れであっても500円と言うお買い得設定。よって当然パンフレットと手拭をセットで購入したものですが、この公式の手拭とは別に、数量限定の特性狐手拭もありました。
 こちらは自分は購入するに至りませんでしたが、狐塚君は購入して中々のご満悦でありました。ちなみにパンフレットとセットである手拭の狐は「つばき姫」と言う名前だそうで、街中にはためく上りには必ずその姿がありました。
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 なお狐塚君もその姿が注目されていまして、あくまでも私服なのですが時折、カメラを携えた人々からポーズを取ってくれ、と頼まれて撮影されていたのが滑稽であったと言えましょう。

 日も暮れて売店も次第に閉まる辺りから、いよいよ祭りは最後のメインイベントへと入ります。これが18時15分からの野外創作劇「みのわの里のきつねの嫁入り」でありまして、恋物語をベースに狐や箕輪城、最も重要なのは地域に伝わってきた農家の嫁入り儀式たる「貰い御祝儀」を織り込んでいる、その点でありましょう。
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 それだけでも中々、地域の歴史等に関心のあれば見入れてしまえる訳ですが、今回は特別に狐神楽の皆様が途中で婚礼を祝う舞を披露する一幕がありましたので、眺めつつ撮影をこちらでも行っておりました。そして終劇の後は参加者一同交えての記念撮影にて祭り自体がお終い、何とも地域の近所づきあいにも通じる緩さに満ちた、のんびりとした1日が夜の帳と共に終わりを告げるのでした。
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 なお興味深かったのは祭りが終わって間も無く雨が降り出した事でしょう。当日の高崎地域は昼頃に雨の予報と芳しい天気予報ではなく、途中で冷たい風が厚い雲と共に吹いてきたのでこれは途中で、と言う話すら時折していたもの。しかし雨は一向に降らず、終わると共に振り出すこの始末。これも狐の力かと、ふと別れ際に狐神楽の皆様と交わす等してしまう、そんな狐日和の1日でありました。
 なお来年は「きつねの嫁入り祭り」10周年と言う節目なので、これまでになく以上に盛大にしたい、との事ですから多いに楽しみなところです。

 末尾ながら当日、ご一緒する、また協力させて頂ける機会を下さいました狐神楽の皆様にこの場を借りてお礼申し上げたく思います。真にありがとうございました、またの機会ありましたらよろしくお願い致します。なお狐丸さんの書かれた当日の模様もございますので、こちらのリンク( http://blogs.yahoo.co.jp/consamano1/34199531.html )よりあわせてご覧下さい。
 そして来年10周年を迎える、この「みのわの里のきつねの嫁入り」を主催する実行委員会と地域の皆様にもお礼申し上げます。来年のご成功、お祈り申し上げます。
posted by 冬風 狐 at 03:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 狐名所・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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