2019年01月01日

「冬風雑報〜稲荷・狐名所巡り〜」更新再開に際して

 当ブログは冬風交通稲荷研究( http://www7a.biglobe.ne.jp/~FTIR/ )の関連ブログとして、主に各地の稲荷神社巡り、また狐に関わる名所や企画展などの話題を取り上げております。
 2012年以来、しばらく休止しておりましたが、2015年3月より更新を再開しております。
 なお、この休止期間中(2012年2月〜2015年2月)に頂きましたコメントにつきましては、投稿されてから年単位で時間が経過している事も踏まえ、改めての返信を行いませんので御了承下さい。
 若し、この間にコメントを投稿頂けた方で、改めて返信を希望される場合は、お手数ではございますがその旨をコメント欄に書き込んで頂けると幸いです。

 それでは皆様、これからもよろしくお願い致します。なおこの記事自体は2015年4月14日に掲載しておりますが、案内を兼ねてトップに表示されるように調整しております。
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2016年02月17日

伏見のお稲荷さんは疲れているのか?昼間の喧騒と夜の参拝、そして神隠しについて

 どうも先の広島・山口旅行は中々に良いものではありまたが以来、体調がすぐれないのが続く狐です。
 今日に至っては声が出なくなり、仕事上がりに医者にかかれば声帯が炎症起こして腫れているが故の事との診断。今は処方された薬が効いたのもあってか大分楽ではありますが、養生せねばと改めて感じてしまったものでした。
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(2016年2月4日加太港にて、2016年2月5日津和野駅前にて撮影)

 さて、このブログの更新も久々なものですが、今回取り上げるのは題名の通り「お稲荷さんは疲れているのか?」と言うもの。
 以前にも自らのツイッターでも触れた事がありますが、お稲荷さん、特にその大本でもある京都は稲荷山の伏見稲荷大社の神さんはお疲れではないのか、また夜にお参りするのは云々、との事でTLが盛り上がっていたので、ふとその事について3つほどに章を分けて触れてみようかと思います。

・昼間の喧騒について

 伏見稲荷となりますと、旅行系サイトの最大手とも言える「トリップアドバイザー」の行った調査の結果、外国人に人気の日本の観光スポット第1位に2014年、2015年と2年連続で選ばれる、との快挙を得た次第でありますが、どうもこの辺りからお参りがしづらくなってきた、との印象は抱いております。
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(2015年7月28日伏見稲荷にて撮影)
 と言いますのも、境内に置いて典型的な観光客が増えてしまい、いわゆる神社らしい静けさとかけ離れつつある、と感じるのが大きいものでしょうか。思えば、初めて伏見稲荷に詣でたのはもう一昔よりも前となりますが、あの頃から京都の主要観光地のひとつ、との地位はあったもののどちらかと言えば、京都市中から外れた土地柄故に、祇園や八坂神社界隈の喧噪とは対照的な伏見らしい静けさの中、のんびりと過ごせてお参りできる、そうした場所であったと感じます。
 ただ2013年あたりからでしょうか、色々と忙しく、少しばかりお参りに行けなかった時期があり、久々に詣でてみれば何やら参拝者の数が増していると感じられたのは。
 振り返ってみるとちょうどその2013年に、先にも触れたトリップアドバイザーの調査にて第2位に、伏見稲荷が上がっていたとの事なので、今となるとあの頃から、とうなずけるもの。
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(上記2枚2013年10月2日伏見稲荷にて撮影)
 最も、当時はお稲荷さん鎮座1300周年直後の事かと、そこまで気に留めていませんでしたし、その観点から見ると節目の年前後に参拝者の数が増えるのはある意味では喜ばしい事である、とすら抱いていたものでした。

 ところが、翌年以降も時折時間を見つけてはお参りに行く度に、段々と首を傾げる頻度が上がってきました。特に昨年2015年に至りますと、参拝客ではない単なる観光客、と評した方が相応しいのではないか、と思える方々が明らかに圧倒的になったと感じます。
 それは一言で言えば、静かにお参りをとても昼間には出来る雰囲気ではない、と出来るでしょう。殊に伏見稲荷の楼門をくぐってすぐの拝殿に至っては時機が悪いと、初詣や大祭の時期よりも統制の取れていない、正に人で埋まっている中に入らねばなりません、まずそこで一苦労。
 そして何とか場所を確保して、手を合わせてお参りをしていても後ろやら脇から押されたり、果ては「早くしろよ、詰まってるんだから」と舌打ち含みの言葉を浴びせられる始末であり、どこぞのテーマパークの人気アトラクションの前か、あるいはそれよりも酷い混乱した場所特有の惨状を呈していると言えるでしょう。
 ただその拝殿前の混乱よりも酷い、と思えるのが伏見稲荷をより伏見稲荷として多くの人の印象に刻みつけているであろう、命婦社より奥社奉行所に至る千本鳥居の一帯だと感じます。
 元々、あの場所はあの鳥居の中を行くとのシチュエーションからJR東海だとかが誘客ポスターに用いたり、それ以外でもお参りに来た観光客が記念に一枚写真に収めるスポットであり、お稲荷さんらしく、また京都、あるいは日本らしさを特に感じさせてくれる、その性質は今なお変わらないところでしょう。
 私としては神社で写真を撮る、との行為は特段咎められるものであるとは思っていません。最も、例えば伏見稲荷も拝殿にここ数年の内に掲げる様になりましたが、儀式中の写真撮影だとかは許可を得たものでない限り、それは避けられるべきであると感じますし、以前より神楽殿での舞を写真に収める事を伏見稲荷は禁じておりますから、そうしたマナーやルールに則った上での、との但し書きがあった上での行為であると感じております。
 
 しかし、昨今の千本鳥居での状況は最早、何等かの統制がされないとどうにもならない無秩序な状況を呈していると感じます。特に問題であると感じるのは、そう広くはない鳥居の中の通路に大きく広がって、また流れを無理やり遮って写真を取る姿が常にみられる事です。
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(上記2枚2015年7月28日伏見稲荷にて撮影)
 眺めていますと多くはセルカ棒を手にしている外国人旅行者でありますが、後者については一眼レフを手にした写真マニアと思しき日本人も少なくなく、そちらは前者以上に問題であると感じられます。
 何故ならば、日本人であるにもかかわらず伏見稲荷との空間が本来は信仰の場所である、と理解していないのではないか、と危惧されるからです。
 確かに、伏見稲荷ないしお稲荷さんは被写体としては日本人からしても格好の場所であるでしょう。伏見稲荷に限らず、各地の稲荷社の纏える特有の雰囲気は控える狛狐、靡く朱い幟、そして連なる朱い鳥居にお社、とは神社の始まりとも言える磐座や滝と言った自然信仰そのままの姿や色とは対照的なものから成ります。
 故にその朱さはその稲荷神の神威の人への近さを感じさせるところであり、人に近しいとされる日本の神々の中でもより、人に近いに座せられる稲荷信仰の特徴なのです。
 故に稲荷信仰の場に人が集うのは、平安時代には伏見稲荷が格好の京の一大ナンパスポット、として有名であったとの話からある様に当然の事であり、先にも書いた通り、それは喜ばしい事であろうと感じる限り。今でも東京は新宿の花園稲荷なぞは夜でも参拝客が絶えないのを見れば、人との結びつきとの点が神道の中でも、特に稲荷信仰は不可欠であると感じられるばかりです。
 
 話がやや脱線してしまいましたが、とにかくそうした信仰の場所であると意識させ、また安全も同時に確保するとの取り組みが今の伏見稲荷には余り見受けられない、との印象があるとしたく思います。勿論、何等かの取り組みは当然されているのでしょうし、実際に千本鳥居が二手に分かれる区間における通行規制はその一例でしょう。
 しかしそれ以前のそうした「信仰の場」たる境内の雰囲気作り、そしてその環境維持との点に関して言えば、単なる懐古論でしかないのかもしれませんが、一昔前の光景と知る身としてはむしろ失敗している様にしか見れません。
 少なくとも、今の無秩序な状態の拝殿前、また千本鳥居に関しては良く目立ったトラブルもなく、と思えてしまいます。特に後者についてはあれだけ狭い参道で急に立ち止まったりする事は危険以外の何物でもありませんし、万一何かあった場合、入り口脇にある守衛の詰所ひとつだけでは何とも心もとないのではないかと感じられます。
 部外者に過ぎない、たまにしかお参りの出来ない私の言う事ですから、色々と知っている方からしたら、とても、な内容ではあるでしょう。しかし稲荷信仰の大本の主たる場所にて何等かの悲しい出来事が起きるのは残念以外の何物でもありませんし、それは避けられなければならないと感じるだけに、触れた次第。
 そして次に触れる内容でもありますが昼間に以前の通り、静かに落ち着いて参拝出来る様になってほしい、と思えるからでしかありません。
 
・夜の参拝について

 そしてこれは伏見稲荷に限らず、夜の神社へのお参り、との事で度々聞かれたり、また話題に上がるものですが、原則論から言うと夜の神社へのお参りは余りよろしくはない、と感じます。
 これは単純に考えて神社とは神さん方の住まいと看做せるからであり、人間同士であっても、夜に誰かの家にうかがうとの事はまず避けられ、する際には何らかの事情がある場合であるのが専ら、との点からも導き出せるものです。
 要は夜は夜として神さん方も大抵は休まれる時間であり、また神社は聖域あるいは境界故に夜はその性質が反転する、との見方もあるから、と出来ましょう。特に前者については人間も休もうとしている時にいきなり誰かが来たら、それが幾ら親しい相手でも大抵の場合、一瞬はえっ?と浮かべるものでありましょうし、我が身の事としてとらえればある程度納得がいくのではないかと感じられます。
 しかし、前述した通り、東京の花園稲荷の様に夜でも参拝者のいる神社はありますし、今回の記事の主題でもある伏見稲荷にしても夜に境内に立ち入る事は出来、実際にお参りをされている方も見受けられます。ここでただの人間の家と違うのが、神社は神さん方の居られて休まれる場所であり、かつ信仰を寄せられる場所との点でしょう。
 だから私は避けられるべきではあるが、そうした機会に恵まれた、導かれた、またそれしか可能でない時は静かにであればお参りは出来る、との但し書きの形で考えております。
 故に私自身もたまに夜の街を歩いていて、ふっと知らない神社に行きついた時等は、静かに手を合わせて一礼等をしております。また、先の12月に昼の喧噪を避けるべく、夜に伏見稲荷へとお参りをした際には、鈴は鳴らさずに拍手も静かに、またこの様な時に申し訳ありませんが、との気持ちでさせて頂いた次第です。
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(2015年12月25日伏見稲荷にて撮影)
 避けられるべきはただ単に物見遊山として立ち入り、かつそこで騒ぐと言ったものでしょうか。また論外ですが、神社側が夜に立ち入れを禁ずとしている場合に立ち入る、それはもう神社に限定されない、そもそもの言語道断な話でありましょう。
 先の伏見稲荷への夜のお参りの際も、そうした物見遊山的な観光客と思しき姿は多々見受けられましたし、夏で言うならば肝試しに近いようなノリで来る姿はとても感心が出来ません。
 殊にお稲荷さんに対してはその歴史の中で密教、また各地の妖狐譚、土着信仰との関わりの中から生まれた「妖しさ」がひとつの魅力となっているのはあり、どうしてもその印象を主として抱いていらっしゃる方がそれなりにいるのは避けられません。そしてそれは別に問題であるとは感じません。
 しかし、それはあくまでも一面。神社としてのお稲荷さん、ないし伏見稲荷は基本的には信仰の場である、との見方をしてもらいたいと思える限りであり、これは前章に置いて触れました昼間の喧騒の問題にも通じるものでしょう。
 とにかくどうであれ、本来的には神社は神さん方の居られる信仰の場であり、過度に騒いだりすることは好ましくない、と常識的なマナーを持ち合わせて欲しいのです。

・異世界に誘われる事はあるのか

 色々と「昼間の喧騒について」「夜の参拝について」と触れて参りましたが、いよいよい取り上げるのは異世界への誘い、いわゆる「神隠し」はあり得るのか、との話です。
 これについては諸見解ありますが、物理的な、肉体も関わっての意味での神隠しとは少なくともあり得ない話であると感じます。しかし、そうではない精神的な、あるいは感覚的な「神隠し」は有り得るのではないかとしたく思います。
 伏見稲荷については先にも触れた「妖しさ」から足を運ぶ人が一定数いるのは事実であり、つい先日も
「【検証】伏見稲荷大社に「階段登るほど狐が大きくなる薄暗い社」がある?意見分かれオカルトホラー状態 - NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2145528932604332901 」
 とのまとめ記事がTLを賑わしておりましたが、私としてもこうした場所は物理的には伏見稲荷に存在しないのではないかと感じます。

 信仰、即ち願いとは多分に思考的・感覚的な代物であり、目には見えないものである事、そして稲荷信仰とは多分に現世利益の追求がその大なるところであるのを踏まえれば、人の思考や感覚にダイレクトにつながるものでありますので、目には見えない形ではある、それも無数に、と感じるところです。
 そもそも神社とは聖域であり、境界、鳥居はその象徴の際たるものである、とするならばその鳥居が特に無数にある伏見稲荷は、その数にも増した多元的な世界の交錯する場所、と看做せます。
 即ち、鳥居とはその数多の感覚的な世界への入り口とすれば、お参りをしている内に物理的な肉体は伏見稲荷との場所にあっても、意識ないし感覚がそうした世界の中に迷い込む、あるいは誘われる事は大いにあり得るものでしょう。そして逆にあちらから来る存在も有り得る双方向的な存在でしょう。
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(2015年12月25日伏見稲荷にて撮影)
 だから物理的な肉体はそこにあり、容姿も変わらずとも、その中身は、との具合になりましょうか。人の認識だとか記憶、また行動は神経細胞の電気信号によって成されている、とされる昨今であり、それは当然の事でしょうが、それを制御している何等かの存在があるのであれば、それこそが「神隠し」にあい、時として入れ替わってしまう貴重な部位であるのかもしれません。
 故に先のまとめ記事に登場する様な話は、それを見て帰ってきた話の一種なのかもしれません。

 以上、取りとめのない記事でありましたが、自らの考えをまとめつつ、また今後とも時として話題に上がるであろう内容ですので粗くまとめてみました。そして結論とするならば、現状の伏見稲荷のお稲荷さんは疲れている一面もある一方で、これまでにない各国・各地域から流れ込んでくる外国人旅行者を物珍しく見ているのかもしれません。
 稲荷信仰の場に人が集う、それ自体は良い事なのです。
 故にしっかりとして気持ちを持ってのお参り、またただ見るだけであればその場の空気、お参りしている人の邪魔をしないマナー、そしてその場の環境を良好に保つ管理側の「見える」取り組み、それ等のサイクルの欠如、あるいはそうと見えてしまう事が人に「お稲荷さんは疲れているのでは?」と感じさせる最大の要因ではないのかと感じるばかりでした。
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2015年05月19日

東林間のキツネ展と東林間神社お参り

 今月は中々に多忙で、久々に家でのんびりとしている狐です。そんな具合故に、特にどこかへ出かける事もないままに過ごしてはおりますが、先の木曜日にふとしたお誘いから東林間にて開かれている「キツネ展」へと行ってきました。
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 まずは東林間とはどこか、から大抵の人はなるかとは思いますが鉄道路線で示せば小田急江ノ島線の駅名ともなっている地名です。東京都心からならば新宿から小田急線で相模大野、渋谷からなら田園都市線にて中央林間、と行き、それぞれ江ノ島線に乗り換える形となります。
 私自身、東林間には今回のお誘いがあるまで時折、急行だとかで通過する以外は降り立った事はないものでした。何せ一帯は住宅街そのものであり、そもそも歴史を紐解けば「林間」との地名自体が、戦前に当時の小田原急行電鉄(現在の小田急)が都心から離れた郊外型住宅地として売り出した「林間都市計画」に由来するもの。
 それ等を踏まえれば、特に用事がある以外は降りる機会を見出すのが難しい場所でもある、と十分に言えてしまえるでしょう。

 その東林間駅の西口を出て右手、踏切のある通りを更に西へ向けて数分歩いたところにある雑貨店「ナツメヒロ」、そちらが今回訪れた「キツネ展」( http://fude-bako.natsumehiro.com/?eid=874562 )の開かれている場所となります。
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 この「キツネ展」は、会場が雑貨店である事からも察せられる通り、3月に訪れた山梨県立科学館にて開かれていた写真展の様な催しではなく、狐をテーマとした各種雑貨を一堂に集めたもの。
 店内自体はそうは広くはないのですが、その中に所狭しとアレンジされた狐面やら各種狐グッズが並べられている様に狐好きの心をくすぐられる事は違いないでしょう。また、何かこう、ひとつそうしたグッズへ部屋に飾りたい、あるいは身に着けておきたい、と思っている方には正に天恵、とすら評せてしまえそうな内容でありました。
 私自身も眺めている内に、ふっと心奪われる狐グッズを見つけて、ちょうど下ろしてきたお金を持ち合わせていたものですから、幾つか購入してしまった次第。今は、さて部屋のどこに飾ろうか、と考えているそんな具合です。
 詳細については前掲のURLより公式ブログにて確認して頂きたいものですが、購入時に頂いた案内では12時から19時の営業時間にて6月7日までの開催。店休日となるのは火曜・水曜・祝日、とあるものです。

 そして、この会場となっている雑貨店「ナツメヒロ」から道路を挟んで西寄りの斜向かいには、東林間神社があります。
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 神社自体は昭和31年創建、と戦後生まれの比較的新しい存在ではありますが、境内にあります稲荷神社は大正6年に秦野の白笹稲荷神社より分祀されたものでありますので、東林間駅の開業以前からこの土地に在るお稲荷さん、となります。
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 こちらにつきましても、「キツネ展」に足を運んだのを機にひとつ、お参りなどよろしいかもしれません。東林間神社の境内自体は集会所や遊具が設置され、時として地域の人々による利用が見れるところがありますが、お稲荷さんについては凸状となった場所に静かに狛狐を従えておられますので、静かにお参りが出来るのではないかと思えるところです。

 写真は全て2015年5月14日撮影。
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2015年03月27日

写真展「甲府のキツネ」を観に愛宕山を登る

 ふと気づけばこのブログを最後に更新したのは3年前の事、となります狐です。
 この間も各地のお稲荷さんに足を運んでいたものですが、色々と多忙さも重なり、更新できずに放置してしまったところではありますが、ようやく少しは暇が出来ましたので、また更新を再開したいと思います。

 今回取り上げるのは、山梨県立科学館( http://www.kagakukan.pref.yamanashi.jp/ )にて2015年3月21日より4月26日まで開かれています写真展「甲府のキツネ」( http://www.kagakukan.pref.yamanashi.jp/1801 )。
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 しばらく前にTwitterにて回ってきたRTにてこの催しの存在を知り、また実家より狐好きなら行ってみたら?と電話があったのもあったので、久々の帰省も兼ねての帰りに立ち寄ってきたものです。

 正直なところ、山梨県には長らく住んでいましたが狐だとかの野生動物は実のところ、そこまで見かけた事はありません。それでも甲府の中心街に武田神社の山から入ってきた猪が現れて騒ぎになったり、地元の方でも河川敷に鹿の大群が跋扈しているとか、そうした比較的大きな獣の類については見聞も多くあるのですが、狐や狸と言ったやや中型から小型の獣に関しては、「いる」との話は時折聞いても、実際に見かけるのは中々ない、となるのが大抵なものでありました。
 とは言え一度だけ私もホンドキツネを目撃した事があります。それは山梨から引っ越してからしばらくした後の夜。
 当時開通して間もなかった新東名高速に乗るドライブも兼ね、周回すべく富士川沿いの県道を走っていますと、車の前をホンドキツネが横切った事があり、貴重な機会だったと思ったものではありましたが、まさか甲府の街中を流れる中規模河川の河川敷に潜んでいるとは!と、この写真展を知った時には浮かべざるを得ないものでした。
 実際に足を運んで写真展を見てみますと、なるほど、確かに狐と共に写る風景は見覚えのあるところばかり。昔に、通学時に自転車でどこまで加速できるか、と試してみた記憶やらも戻ってきたもので、狐好きとしての気持ちを大いに満たすと共に、何とも懐かしさに浸れてしまった、そんな具合であったと言えるでしょう。

 そうした点と共に、こうした都市に野生動物が生息している、それも狐なる馴染みは色々とある、即ち稲荷神社の存在、また各種の絵本だとか説話での話が多数あるにも関わらず、前述した通り、北海道だとかを除いたら中々見かける機会の少ない獣に注目した点が大変良いと思えました。
 正にそれは人の知らないところで寄り添っている存在がいる、と評せるでしょう。
 加えて数年前にNHKが制作しました、首都圏の鉄道路線の線路際を拠点として多数の狸が生息している、との特集番組。更には海外の事案となりますがBBCが、こちらも大分前に報じたロンドンを始めとした英国内の大都市にUrban Foxと表される狐が多数生息している件に関する特集報道、それ等に接していた身からすると、正に好ましい限りでありました。

 あと1ヶ月ほど山梨県立科学館にて開催されているとの事なので、興味ある方には是非見に行く価値はある、と思える限りです。
 最も、科学館までのアクセスは車以外では中々に悪いところ。山梨交通の甲府駅北口〜県立科学館間のバスもあるにはあるのですが、特定日のみの運行ですので通年での利用は出来ません。
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 その為、車を利用しない場合は最寄駅から徒歩で、となるのですがこちらが中々の曲者。幾つかルートはあるのですが、基本的には山道であると捉えた方が良いでしょう。
 今回、私は身延線の金手駅よりブドウ園の中を抜け、住宅街を経て愛宕山を登る県道から科学館に至るゲートへ、との道を往路でたどりましたが40分ほどはかかります。
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 なお科学館の案内ではこの往路でたどった道の途中から科学館の方へ至れる道があるらしいのですが、こちらについては未確認でありますし、金手駅から向かう側にはこちらが科学館である、との掲示の類は一切ありません。
 それ以外にも金手駅からより短絡して行けるルート、また甲府駅北口から英和高校付近の裏手を登ってくる道もありますが、こちらは完全に未舗装の山道で実質的には登山に近いものがあります。
 金手駅へ戻る際、科学館から金手駅へほぼ一直線で下れる道を使いましたが、大半が未舗装かつ勾配がきつい上に、一部の区間は洗掘により路面がえぐれていますのでお勧めできる状況ではありませんでした。ただ見晴らしに関してはどちらの経路もよろしいもの。
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 特に復路のルートは途中に金手駅南側にある甲斐奈神社の本宮もあり、お参りをして傍らにあるベンチに腰掛けのんびりと、甲府盆地やら眼下を行く鉄道の様子を一望出来たのは何とも魅力的なひと時でありました。
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 写真は全て2015年3月27日撮影。
posted by 冬風 狐 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐名所・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

東海道線を見守る来宮神社とお稲荷さん

【探訪日時】2011年11月5日
【場所】静岡県熱海市
【施設名・交通手段】
・来宮神社、来宮稲荷神社(境内社)
 伊東線来宮駅より徒歩5分、伊豆箱根バス来の宮神社前バス停スグ

 東海道線は新幹線に多くの機能が移ったとは言え、今尚、特に貨物輸送の点では日本の東西を結ぶ最重要幹線であるのに変わりはありません。
 その東海道線も国鉄時代であれば一体での運営がされていたものですが、今ではJR東日本・東海・西日本の3社に分割されており、近年では各社ごとに車両の置き換えが進んだ事から、見る場所によってその姿は全く違うものになっています。
 それを感じる事が出来るのが熱海駅と米原駅でしょう。前者はJR東日本と東海、後者は東海と西日本の境界駅であり、そこを境に旅客列車の車両は全く変わるもの。最近では跨いで直通する列車は数少なくなった事もあって、大抵の場合、乗換えを強いられるある種の関所化しているとも言えます。
 下の写真はその一場面(2011年12月16日撮影)で、東京発の下り電車(JR東日本15両編成)から浜松行の熱海始発下り電車(JR東海3両編成)へと乗り換える人でごった返すホームの様子になります。
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 その前者に当たる熱海駅は、これは熱海と言う土地自体が良く「神奈川県である」と勘違いされる事が多いものです。実際には静岡県であり、中部地方、あるいは東海地方に属するものの東京駅、即ち首都圏にして関東の中心たる駅から出る東海道線電車の多くが「熱海行」であるので、どうしても感覚的に神奈川県ないし、関東の一角と捉えがちなのかもしれません。

 東海道線は熱海駅を出ると丹那トンネルを通り、次に停車するのは完全に「静岡県」と認知されている函南駅となります。しかし米原駅にはない特徴が熱海駅の先にもJR東日本の路線が続いている事でしょう、そしてそれはJR東海となった東海道線と併走する形でしばらく続く、そうJR伊東線の存在がこの界隈の鉄道路線の特徴となっています。
 よって丹那トンネルに東海道線が入る手前には駅が1つ、それは伊東線来宮駅。東海道線と完全に並行していますが、東海道線にはホームが無いので伊東線の駅として伊東線の列車のみが止まる格好になっています。
 この来宮駅があるのは丹那トンネルと別のトンネルの間の狭い谷筋。故に通過していく東海道線からすると一瞬でしかなく、逆に丹那トンネルの長い闇から出た事に安堵する、そんな場所でもあります。なのでついつい注目が東海道線から見て伊東線側、つまり海側に寄ってしまいがちなのですが、実はその反対側に控えているものがあります。
 それが今回取り上げる来宮神社、この神社自体の歴史は古く、その由緒をたどると坂上田村麻呂の名前が出て来るほどであり、名実ともに古社であると言えるでしょう。
 なお詳細については神社の公式サイト( http://www.kinomiya.or.jp/index.html )が詳しく取り上げていますので、この記事では軽く触れつつ、探訪した時の事を中心に書いていきたいと思います。

 来宮神社に立ち寄ろう、と思ったのは帰省していた山梨から帰る際、9月の台風によって一部不通となっている身延線とその代行バスの様子を観察しがてら、更に三島駅にある東レ工場への廃専用線を見、そして時間が比較的あった事もあり、熱海界隈でふと途中下車をしてみようと思い立った為でした。
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 当初は丹那トンネル建設に当たって犠牲となった方を記念している碑や関連する神社へ行く事を考えていました。
 しかしそれにあたって地図で来宮駅付近を見ると、来宮神社と共にその境内にお稲荷さんの文字。こうなれば是非とも、との事で当初の計画では熱海駅から徒歩で、熱海駅から来宮駅の間にあるお稲荷さんに立ち寄ってから来宮神社へ行き、そして前述した丹那トンネル関連の神社を目的地として、来宮駅より電車に乗る、と言うものであった事を書いてかねばなりません。
 とは言え実際には三島駅北側の東レの廃専用線と近くにあったJR東海の研修施設の様子が気になり、予定していた熱海行よりも1本遅い電車になってしまったので、予定を変更し熱海駅より伊豆急下田行の伊東線に乗り込み、来宮駅に到着したのは13時34分の事でした。
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 時間的に余り余裕は無かったので、改札で乗越精算をした後は駅舎から見て左手へと進みます。歩道はあるのだが狭く曲がりくねった道、勾配もあるので何とも伊豆半島の道であると思いつつ進むと、坂になってからと言うものずっと高くなって続いていた左手の東海道線と伊東線の載っている擁壁にぽっかりと穴が、トンネルが姿を現します。
 今であれば四角い、如何にもコンクリートなボックスカルバートとなるのでしょうが、出現したのは石と煉瓦によって作られた2つのトンネル。高さ制限も兼ねてポータルの一部は変色し、一部は剥がれているも塗料が塗られている以外はこげ茶の石の色そのままで、そこには風雪に長年晒されてきたからこその色合いがうかがえます。
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 このトンネルの名前は来宮ガード、掲げられているJR東日本の設置した看板には「東海道本線(170)」とあり、起点から数えて170番目のガードである事が見れます。内部には一応歩道が設置されていますが、車道自体がトンネルの幅目一杯ありますから、ガードレールによるロスも考えれば人一人歩くので精一杯な程度しかありません。
 なおトンネルを抜けると今度は国鉄時代に設置されたと思しき看板があり、そちらには「来宮暗きよ」とあり、起点からの距離「105K633M58」と記されている他、隣には塗装される形で「観光地美化のため貼り紙を禁じます 熱海市観光課」の表記があり、青地であるのを踏まえるとかつて良く見られた青地の琺瑯看板を模していたのかもしれません。
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 何れにしてもかなりの年代物で、逆に言えば今では新規には見れない代物の1つでしょう。
 ちなみに抜けた所では擁壁と路面の高さはかなり縮まっています、これはガード内がそれなりの勾配になっている為ですが、それはガードを抜けても続いており、抜けた地点ではそのまま点滅信号型の交差点となっている等、不慣れなドライバー泣かせの場所なのかもしれません。またその上を擁壁の倍以上の高さで東海道新幹線の高架線が横切っており、そちらには「来宮BV 96K477M」の文字があります。

 この交差点は、クルマが入れるのは4方向しかないのですが、実際には五叉路。何故ならガードに面する形で鳥居、即ち来宮神社の参道とつながっており、そこにはクルマが入れない為です。
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 交通量は地味にあるので、良く見てから渡ると道路との間に川を挟む形であるのが、今回の目的地である来宮神社。なお渡ったところにはバス停「来の宮神社前」があり、その上には交差点標識もありますが、そこには鳥居のマークも記されている等、この交差点が来宮神社と一体の存在であるのを示しているとも出来るでしょう。
 ちなみにこの交差点を通る県道20号線は箱根峠に至ります、よってここを通過するバスは箱根方面とを行き来するバスですので、意外と長距離路線である、との特徴もあります。本数も昼間であれば毎時3本はありますから、比較的サービスレベルは高いでしょう。バス停の脇には来宮神社の案内の写真看板もあります。
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 そんな観察をしてから境内へ、橋を渡り、赤く塗られた鳥居を一礼してからくぐると中は相変わらず勾配が続いていますが、木々に囲まれてふとした暗さの中に明るさがある、神社らしい開放感のある空間になります。
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 そしてお稲荷さんは入ってすぐ、左手にある手水場の脇にその入口を持ちます。入り口は木と手水場に挟まれる形ですが、石に彫られた文字が赤塗りされての「来宮総社稲荷神社」の文字は何とも目立つものです。
 鳥居の数は人の背丈より少し大きい程度のものが3つほど続く具合、そして現れた社は本殿と拝殿が一体化している具合で、その両脇に狛狐がきれいな姿で控えています。形としては向かって右の狛狐が鍵を口にして子供を足元に置き、左の狛狐が巻物を口にして宝珠を足元に置く具合で、稲荷の象徴たる三品が揃っています。
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 社は赤塗りで手入れが行き届いており、何とも見ていて清々しい気持ちになるものでした。幾らか千羽鶴が掲げられていたりもしていたものです。また内部には大太鼓が置かれていました。なお境内には表記はありませんでしたが、公式サイトの記述によれば「来宮稲荷神社」と言うのが正式な名前との事です。

 お稲荷さんへのお参りをしてから再び来宮神社の参道へ戻って、そのまま横切れば、そこには三峰神社が。お稲荷さんよりもずっとこじんまりとしていて、銅製の鳥居をくぐる手前には小さな側溝があるのですが、そこには橋代わりに木の板が1枚かけられているだけ。そして鳥居の先にあるのも社と言うよりも祠ではありますが、狛狐ならぬ狛狼が控えていましたし、手入れも当然行き届いております。
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 なおこちらのお賽銭箱は白塗りの金属箱で、祠の前ではなく脇に置かれている具合でした。

 そして来宮神社、そのものへのお参りとなります。坂と階段を上りきった先にある拝殿は大きな構えで、また境内に社務所の他に飲食の出来る場所があるのも面白いものです。夏の暑い時期などはお参りした足で、一休みと言うのも乙かもしれません。
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 なおこの拝殿の右脇には弁財天さんが祭られていますか、左脇へと進むと現れるのが御神木でもある「大楠」。国の天然記念物にも指定され、樹齢は2000余年とされているその大楠は必見でしょう。一体全てを包み込む様な包容力、そんな気配を感じてしまいましたし、周囲が整備されているのでぐるりと一周してしまえたものでした。
 また大楠の裏側には川があり、これは先ほど交差点の行で取り上げた鳥居の前の川につながるもの。その流れは勾配があるのもあって中々速く、川自体はある程度の整備はされているものの、整備されてから長いのかかなり古びて、石の様にもなっているものですから、まるで天然の沢にいる様な感覚すら抱けます。
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 そんな具合で短時間ではありましたが堪能して、来宮神社を後にしたのでした。なお境内には忠魂碑もあり、そこには砲弾も置かれています。
 そしてちょうどやって来た箱根からのバスに乗り込み、熱海駅へと戻ったのでした。今回行きそびれた別のお稲荷さんと丹那トンネルに関わる神社に関してはまたの機会に、来宮神社への再訪と合わせて訪ねたいものです。
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 なお熱海駅に着いたらダイヤが乱れており、当初は乗れないと踏んでいた列車に乗れた上に、そのまま小田原で湘南新宿ラインの高崎行に乗り継げたのは幸いな事でした。

 写真は特記あるもの以外は全て2011年11月5日撮影。
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2011年11月18日

久々の更新は「ひめたま」の門田稲荷神社探訪から

【探訪日時】2011年11月13日
【場所】栃木県足利市
【施設名・交通手段】
・門田稲荷神社
 東武伊勢崎線野州山辺駅より徒歩5分

 どうも久々の更新となります、この所は何かと忙しかったので更新もままなりませんでしたが。ようやく時間が出来ましたのでつい先日の日曜日に足を運びました、栃木県は足利市にあります門田稲荷神社を取り上げる事と致しましょう。
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 門田稲荷神社の存在を私が初めて知ったのは2010年8月のある日の事、その日は友人と共に普通電車を乗り継いで仙台にて1泊しつつ、北海道を目指す、そんなのんびり旅行の序盤の事でした。
 東京を出たのは朝早かったものでしたから、宇都宮駅にて乗り継ぎの際に軽く軽食を購入。その際に栃木県の地方紙である下野新聞を合わせて購入して読んでいますと、ある記事に目が行きました。
 それは足利市にある神社をモデルとした萌キャラ―これが「ひめたま」であったのですが―による町おこしと言うもの。それだけでも中々興味深いものでしたが、一方の神社がお稲荷さん、即ち今回ご紹介する門田稲荷神社であったからこそ、稲荷巡りをしている私としては俄然興味を抱かざるを得なかった訳です。
 
 とは言え実際に足を運んだのは今年の9月になってから。群馬から栃木は隣県なので行くのはそう難しくはありません。だからこそ逆に機会を見つけるのが難しく、結局、今年になってからTwitterを介して知り合った狐好きのてぁ君、そして毎度お馴染みの狐塚君の3人で行ったのが今年の9月始めの事でした。
 しかしこの時は先に佐野市内のお稲荷さんを巡ってから訪れた事情もあって、門田稲荷神社に到着したのは17時手前の頃。ですから門田稲荷神社がある八幡宮の社務所は既に閉まっており、来たからには手に入れたく思った「ひめたま絵馬」を手に入れる事が叶わなかったので再度、今回はてぁ君と2人で足を運んだという次第なのでした。
 以上の事から今回取り上げるのは11月13日の二度目の探訪となります。9月4日の初めての探訪に関しては、佐野市内のお稲荷さん巡りを取り上げた際に改めて触れたいと思います。

 高崎から両毛線、伊勢崎駅から伊勢崎線を経て最寄り駅である野州山辺駅に到着したのは12時半頃の事。
 前回訪れた時に野州山辺駅は無人駅である事が知れていたので、高崎駅の券売機にて購入した高崎から伊勢崎接続太田駅までの連絡乗車券を太田からの列車内にて、車内精算までしたものの、いざ降りてみると今回は窓口に駅員がいる、と言う展開に思わず苦笑しつつ、到着した門田稲荷神社にはある変化が生じていました。
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 それは門田稲荷神社の脇に掲げられている「ひめたま」ポスターが新しくなっていた事。9月に訪れた際にはかなり色褪せていたのを見て残念に思えたものでしたから、これは嬉しい、と2人してカメラを向けてしまったのは言うまでもありません。
 下の写真の内、右が9月4日に、左が11月13日の同じポスター。ちなみに私は稲荷好き、と言うのもあってか門田稲荷を萌キャラとした「かどた☆みたま」の方がやや好みではありますし、可能ならこの衣装をオーダーしてコスしてみたい、等とすら昨今では思えてしまえている始末です。
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 今回は昼間の参拝との事もあり、前回の様な夕暮れ時の暗さはありません。しかし下野国八幡宮一ノ宮の境内だからか、はたまた「縁切稲荷」として名の知られているからか、その理由はわかりませんが独特の落ち着いた空気は相変わらず健在なものでした。
 連鳥居をくぐり、門田稲荷の前にある神橋脇の八坂神社に頭を下げてから、橋を渡った所にある門田稲荷の扉は今回は開かれており、きれいに整えられた中の様子に思わず顔をほころばせつつ、お参りをします。
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 その後は脇にある絵馬がけの様子を少し拝見、他の神社と比べますと特にご利益があるとされているのが前述した通り「縁切」でありますから、その内容は中々人が内に秘めている気持ちの深遠さ、とでも言えましょうか。その中でも特に「陰」の部分と接せられるだけに、人によっては余り良くない印象を持つかもしれません。
 とは言えその中にあります萌絵馬、即ち「ひめたま絵馬」にキャラクターの絵を描いて奉納された、その様な絵馬が混じっているのはある種の救いでもあるでしょう。少なくとも人は様々なものを持っている、それを示唆する光景とも言えるかも知れません。
 なお通常の絵馬も下の写真の通り、当然存在しています。なお写真については一部加工してあります。
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 そして梁を横にしただけの橋を渡ってから、八幡宮にもお参りをしていよいよ社務所へと向かいます。なおこの際、七五三の家族連れがお参りに来た姿も見られ、その微笑ましい姿には何とも和めてしまったものでした。
 社務所は開いており、「ひめたま絵馬」を始めとしたお守り等をみていますと、中から人が出てきましたので私とてぁ君、それぞれで絵馬を1枚ずつ購入。ちなみにこの時、持ち帰るのか否か、と聞かれたので決行、「ひめたま絵馬」目当てで来る人が多いのかもしれません。
 当然、持ち帰るのが目的なのでその旨を伝えると、この所、「ひめたま」のステッカー等を貼った車や自転車が良く来ると微笑混じりに教えてもらえたり。それ以外にも幾らかの会話が出来たのは面白かったものですし、ありがたいものでした。
 ちなみに社務所の開いている時間は10月までは9時から16時、11月から春までは9時から15時と1時間短くなるので、その辺りは注意すべき点でしょう。
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 そんな具合で手に入れた「ひめたま絵馬」は以下の物、中々良い具合で何とも手に入れられて良かったと思っています。ちなみに一般的な絵馬と比べますとややサイズが大きいのも特徴でしょう。
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 当日は天気も良かったのでもう少し早く来ていれば、「ひめたま」の門田稲荷神社のたまちゃんに対するひめちゃん、即ち足利織姫神社にも足を運べたかもしれません。とは言え行くには少し遅いかもしれない、即ち門田稲荷から織姫神社に行くには、鉄道利用だと野州山辺駅から足利市駅まで1駅、そこから徒歩で渡良瀬川を渡ってそれなりに対岸にある両毛線の向こうまで、しばらく歩いていかなければなりません。
 つまり中々距離があるのです。また夕方までには高崎に戻らなければいけなかった事もあり、今回も織姫神社に行くのは見合わせざるを得ませんでした。
 最もこちらに関しては12月中にでも足を運ぼうかと思っています、両毛線足利駅の東側、また佐野駅の東側にお稲荷さんがあるのも確認出来ていますし、それ等とあわせて3度目の探訪を年内に出来たら、と思いつつの帰路でありました。
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 なお戻った野州山辺駅の窓口は閉まっていたので、乗降車駅証明書を手にして伊勢崎駅で精算となったものでした。

 なお「ひめたま」についてはこちらの公式サイト( http://www.himetama.jp/ )をご覧下さい。

 写真は2011年11月13日撮影、ただし1枚目と6枚目は2011年9月4日撮影。
posted by 冬風 狐 at 06:07| Comment(0) | TrackBack(0) | お稲荷さん探訪録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

石和温泉のお天狗さんとお稲荷さん・前編

【探訪日時】2011年7月28日
【場所】山梨県笛吹市石和町松本
【施設名・交通手段】
・天狗神社(山神宮)
 →石和温泉駅から徒歩15分、山梨交通松本西停留所より徒歩2分
・普賢願生稲荷神社
 →石和温泉駅から徒歩20分、山梨交通・富士急バス鵜飼山停留所すぐ
・石和八幡宮境内社稲荷神社
 →石和温泉駅から徒歩18分、山梨交通・富士急バス石和温泉駅入口停留所すぐ

自分の稲荷神社巡りと言うのは大抵、地図を眺めていて見つけたお稲荷さんへ行くと言うもの。今回もそうして帰省中の時間を利用して久々の稲荷巡りを行う事になりました。
 最も今回はお稲荷さんと共に天狗にまつわる神社も含まれています。これも地図で見つけて気になった、と言うのが大きなものでしたがもう1つ、ある理由がある事を述べなくてはなりません。
 実は2ヶ月ほど前からコスプレを始めました。これは本来、こちらで触れる話題ではありませんが、そのコスプレのきっかけとなったのが東方Projectに出てくる犬走椛と言うキャラクターです。このキャラクターの設定にある種族は白狼天狗、つまりデフォルメこそされていますが天狗のコスプレをしている、と言えるのでそこから天狗にも関心を抱いていた矢先に、ふと地図を眺めていると「天狗神社」の文字を見つけましたので、あわせて確認した市内のお稲荷さんとセットで足を運んだと言う次第です。
 よって比較的長くなるかと思われますので今回は前編として「天狗神社」の里宮を、続けて中編として「天狗神社」の本宮、最後に後編として2つのお稲荷さんを取り上げたいと思います。

 甲府駅12時45分発の高尾行にて石和温泉駅に降り立ち、早速歩き始めたのは間も無く13時になろうかと言う頃。駅前から温泉郷に続く道ではなく、線路に沿って西へ向かう道を歩いていくとやがて道は線路を乗り越します。なおその際、目の前に見える山が今回訪れた天狗神社の鎮座している山となります。
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 線路の真上を越えた所にある脇に下りる小さな階段を下り、下りた場所にあるボックスカルバートを抜けると国道140号線に行き当たるので、左に折れるとすぐに現れるボタン式の信号機が参道の入口と言えるでしょう。
 実際、その信号の名前は「山神宮入口」。そして渡ったところに続いている細い路地の入口には石塔と同じく石で出来た幟立があり、車が頻繁に行きかう傍らに静かにたたずんでいる姿を見る事が出来ます。
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 道路を渡り路地に入った後は、車1台通れるのがやっとと言う幅のそれをそのまま道なりに進みます。途中で半ばカーブと角が一体化した様な場所がありますが、そこは直進せずにカーブしている左手へと進みましょう。そして突き当たりの角を右に曲がって進んでいくとふとした短い傾斜の先に、鳥居こそありませんが大木の下に古い一軒家の様な社が見えてきます。

 この社が天狗神社の里宮で目の前はゲートボール場、周囲はブドウ畑と住宅に囲まれていますが石積みの上に建てられた拝殿はしっかりとしたもので、鳥の彫られた板が他の神社では神額のある場所に掲げられています。また傍らには石和町によって建てられた由緒板があり、それを読む事でこの神社の持つ歴史の古さを伺う事が出来ます。
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 なおここに至る際にすれ違った地元の方と挨拶を交わし、神社にお参りに来た旨を話すと「今から山に登るのかい、気を付けてね」と言葉をかけられました。実は前述した様にこの社は天狗神社の里宮であり、地図上では「山神宮」と記されているのがこの社です。
 一方「天狗神社」の文字は「山神宮」の背後にある等高線の中、つまり山の上にあります。そしてこの2つの神社は石和町の立てた由緒板では「山神宮」としてまとめられているので、「天狗神社」と言う呼称は正式には正しくないのですが、地図の上では里宮が「山神宮」、本宮が「天狗神社」とされていますから本宮につけられている名称を優先して「天狗神社」としている次第です。
 よってこの里宮だけでは天狗神社にお参りした事にはなりませんので本宮を目指すとしましょう。本宮へ続く道は里宮の社の左にある坂道、コンクリートで舗装された坂道を少し登ると大木の下に鳥居が現れます。
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 コンクリートで舗装された道は鳥居と大木を避ける様にカーブを描いていますが、徒歩ですのでそのまま直進。そして鳥居をくぐり、大木の下にある小さな社に一礼して進むとカーブしてきた道に再び戻れますので、余り意味はないですが徒歩の経路だとカーブを短絡出来る、と言えるでしょう。

 道に戻るとすぐに現れるのがブドウ畑、既にブドウ畑の中を道は進んでいるのですがそこで道は本当の意味でブドウ畑の中へと入っていきます。そう道をブドウ棚が横切っているのです、言ってみればブドウ棚のトンネルでしょう。明らかに軽自動車以外は通過出来ない、そんな場所を過ぎると右手に甲府盆地が一望出来る場所になりますが、すぐに道はクランクとなって更に山肌を登っていきます。
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 その後はひたすら道なりに進んでいきます。なお前述したブドウ棚やその類が道路の上を覆っている箇所は2箇所ほど出現しますので、元々は人が歩く程度だった道をむりやり拡張した結果、こう言う妙な光景が複数出現したのだろうか?とふと考えられましょう。
 また道路上に落ちている果実には虫が多数おり、虫嫌いの人にとっては中々辛いかもしれません。個人的にはそう感じませんでしたし、むしろ複数のオオムラサキと思しき蝶の姿が見えたので。すっかりそちらに関心が行っていたものでした。
 そして傾斜が更にきつくなり、路面の状況も悪くなってきた辺りで唐突にコンクリート舗装の道は行き止まりになります。そこからは今度こそ人しか歩けない未舗装の細い道へと変わり、足を進めて間も無く、道はまたも軽いクランクを描いて斜面を登っていきます。
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 当然傾斜はより急になりますが、少し進んだ所にある獣害防止用の柵に設けられた扉の先に続く道と比較したらそれはまだまだ緩いものでした。

【「石和温泉のお天狗さんとお稲荷さん・中編」へ続く】

・写真は全て2011年7月27日撮影
posted by 冬風 狐 at 00:31| Comment(0) | TrackBack(0) | お稲荷さん探訪録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

狐神楽で撮影旅行に

 どうも昨日は本当に天気が良くて助かった、と思っている狐です。
 昨日、つまり7月18日は久々に東北地方へと足を運んできました。東北地方、として見ると4月と6月に福島県いわき市へ足を運んでいますから今年3度目となりますが、いわき市は茨城県との県境付近で東京とのつながりが強い、つまり関東の延長と言えてしまえる範囲にあります。
 そうなりますと今回足を運びました岩手県は正に東北。故に久々の東北地方と言えるものでしょう。そしてこれは自分が参加している狐神楽の撮影旅行の為でもあり、JR東日本パスを使っての1日となりました。

 東京駅を7時16分発の「はやて211号」にて出発し、途中の上野と大宮で合流した今回の撮影旅行の参加者7名が下車したのは岩手県は水沢江刺駅の事でした。
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 ここからバスに乗り換えて向かったのは「歴史公園 えさし藤原の郷」。ここは大河ドラマで作られたセットを基として整備された、奥州藤原氏にちなんだ施設となっており、狐神楽の持っている世界観にそれらの建物が合うとの事から今回の撮影旅行が企画されたと言う次第です。
 事前に施設の方には百合之介さんがその旨を伝えておいて下さいましたので、荷物の置き場所、また着替え場所として用意されていた場所に一旦立ち寄って支度をしてから早速撮影へ。
 今回、自分は狐面こそあるものの衣装がありませんし、また狐神楽の中における狐としての設定も確定していない事から旅行全体の管理と撮影役に徹する事になりました。
 全体として要した撮影時間は11時頃から16時過ぎでしたのでおよそ5時間にて5名、役柄としては6役を撮影すると言う中々の過密スケジュールでしたが、天気も良かった上に観光客の方も三連休の最終日と言うのもあってか少なかったのが幸いし、何とかこなす事が出来たものでした。P7180540.JPGP7180603.JPG
 最も天気が良かった、つまり関東に比べると湿度が低い暑さであったとは言え、かなりの暑さであったので参加者一同汗だくになっていたものです。それでも充実した時間でありましたし、今回撮影した写真は今後、様々な場面で活用していく事になるでしょう。

 撮影を終えて、バスが終わっていたのでバスで水沢江刺駅に戻り、仙台へ移動して夕飯。食べたのは時間の都合もあり仙台駅地下のレストラン街となりましたが、比較的安価に牛タン、また牛タンにちなんだ料理を食べる店にありつけたのも美味しかったものです。また疲れた体には芋焼酎も心地よいものでした。
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 そして東京に戻る新幹線は自由席利用、かつ混雑していたのでばらばらに座ってしまいましたから解散は流れとなってしまったものですが、全体として上手く行ったものでしょう。
 それにしましても個人的にはこんなに早く、狐神楽として旅行、それもテーマを持った撮影旅行が出来る様になるとは、と言うある種の感慨深さも抱けてしまったものでした。それだけ活動として流れが出来てきた、と言う事でしょうし、今後とも様々な形で協力していけたらと思えてしまえたのでした。

 写真は全て2011年7月19日撮影。
posted by 冬風 狐 at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月28日

キツネの手作り人形の創作童話

 どうも先日26日のゑの木市は寝坊しない為にわざわざ狐塚君の家に泊まったにも関わらず、色々とはっちゃけて入眠が遅くなってしまった結果、目を覚ましたら14時で結局行けなかった狐です。

 と言う訳で題名からしてそうですが、今回は狐神楽等とは関係ない、ふと見かけた新聞記事について取り上げたいと思います。
 これは今日付(6月28日)の上毛新聞の地域欄に掲載されていた「工夫を凝らしたビデオ作品発表 前橋」と言う記事。
 これだけでは狐とどう関わりがあるのか、と思われる事でしょう。しかし記事にはカラー写真が添えられており、それはどう見ても狐の姿。婚礼装束に身を固めた狐の姿が写っている、そう言う写真でした。
 実のところ、最初に目が行ったのはその写真でありました。よって一瞬、みのわの里のきつねの嫁入り関連の写真か、と早とちりしてしまったものでした。
 しかし続いて記事名を見るとどうやら違う、それだけはすぐに分かったところ。よって少しだけ我に返ったのですが、俄然今度はでは一体どの様な記事なのかと興味が沸くのはもはや定まった仕様、と言うべきかもしれません。

 よって記事から引用するならば写真と関連する部分は以下の様なものでした。
「見栄橋市民芸術文化祭映像部会のビデオ作品・・・5分間の短編20作品を150人の観客が楽しんだ。・・・キツネの手作り人形を使ってナレーションを入れた創作童話・・・」
 つまり前橋市主催の前橋市民芸術文化祭の映像部会にて発表されたビデオ作品の1つが、狐にちなんだ作品であったと言う事であり、その作品のワンシーンが写真として記事に掲載されたと言う事でした。
 なお上の引用部分には含みませんでしたが、この芸術文化祭のビデオ作品は作品として仕上がるまでの一切の工程を撮影者がしたものとの事。作品自体も短編ではありますから5分間との事ですから、それなりにボリュームがある事がうかがえます。更に上の引用部分にもある通り、写っているキツネの人形は手作りとの事を踏まえると中々手の混んだものであるのがうかがえてきます。
 具体的にはどう言う内容だったのかは記事にはありませんが、写真から察するに狐の嫁入りかその辺りが題材となっているのではないでしょうか。
 それにしましてもこういう記事があるのがまた地方新聞の魅力と言えるのかもしれません、そして自分の加わっている狐神楽もまたそうですが、様々な趣味あるいは文化団体があるのだなぁとふと思えてしまったものでした。
posted by 冬風 狐 at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | キツネ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

装束稲荷の掃除な土曜日

 どうも先の土曜日は装束稲荷の掃除をしていた狐です。
 装束稲荷と言うのは、自分が参加させて頂いております狐神楽が関係している王子にあるお稲荷さんの事で、以前から度々取り上げています「装束ゑの木市」はその縁日と言う位置付けになっています。
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 よってそのゑの木市に何等かの形でより関わる、これはお世話になっているからこそお礼をしたい、と言う話に以前からなっていたものでした。そして今回、それを形にする第一歩となったのが、装束稲荷の掃除であり、管理している王子の方の許可を得た上で取り掛かる事になったのでした。

 当日は生憎の雨模様。とは言え前日の天気予報では昼過ぎから曇りとなっていましたので、昼前に装束稲荷へ到着した辺りにはすっかり雨が上がっていたのは幸いの一言。
 ちなみにその時は自分と百合之介さんの2人のみの参加となっていました。これはあくまでも自主的な、また狐神楽の中でも都合の付く人だけが参加すれば良いと言う、ある意味「緩い」のが特徴な活動であるからとも言えましょう。
 今回手がけたのは社務所の上にある神楽殿の掃除。最初は掃除機で仕上げる予定でしたが上手く電気が流れていなかったので諦め、急遽購入してきたコロコロを転がすとあら不思議、ものの数分でぴかぴかになりました。
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 ちなみにこの当初使おうとした掃除機はかなりの年代物で、1985年に製造された「Taro」と言う名前の三洋製の物。三洋電機の昔のロゴマークを見たのも久々の事でしたし、そもそも三洋電機自体が今は存在していないのですから、様々な意味で中々のレトロアイテムであったと言えるでしょう。
 なのでコロコロをかけつつ、神楽殿の中に置かれている物の整理などでおよそ1時間ほど費やしたと言えましょう。神楽殿自体はそう大きくはないのですが、大きくないからこそ色々と詰まっていたもので、それ故に時間がかかったと言う訳でした。
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 そして簡単な昼飯を兼ねた休憩の後は窓拭き掃除に、こちらは途中から参加した狐塚君が手がける事になりました。普段から家の窓を良く拭いている、と言うだけはあって見ていると中々の手際の良い拭きっぷりに百合之介さんとと共に感心しつつ、ふと別の方角を見ると何やら見慣れた顔がこちらを見つめています。
 そう何故か、と言っては何ですが、同じく狐神楽のメンバーである狐耳君が現れたのです。何でも東京に出て来て時間があるのでふと立寄ってみたら、と言う偶然の産物であった様でそれで少し盛り上がったりしつつも、のんびりと手がけられる範囲の掃除を続けていき、最終的に装束稲荷を後にしたのは18時前の事でした。

 その後は途中で予定のある狐耳君は離脱し、狐塚君並びに百合之介さんと夕飯を食べつつの雑談となりました。その場所となったのは大震災の影響により長らく休止していたものの、先日何と営業再開を果たした狐塚君の働いている料理店。
 王子からしばらく移動した場所とはなりましたが、中々美味しいと評判の店ですし、初めて来店された百合之介さんも中々満足していた様子であったのはふと安堵出来たものと言えるでしょう。また中々、こうして話を出来る機会と言うのもある様でないものですから、色々な話題に関して話を弾ませてしまったもので、ようやく店を後にしたのは終電も近い時間の事でした。

 そんな具合であっという間に過ぎ去っていった1日でしたが、普段の狐神楽の活動とはまた違う意味で充実していた、何とも恵まれた1日でありました。
 また改めて自分だけ、あるいは狐神楽だけで活動出来ているのではない、と認識出来た日としても真に有意義であったと言えるでしょう。だからこそ今後ともそれを大切にしていきたいと思えますし、今後とも何卒よろしくお願い致します。

 写真は全て2011年6月11日撮影。1枚目は装束稲荷の社務所兼神楽殿と御神木の榎、2枚目はシャッターが閉じられている状態の社務所兼神楽殿、3・4枚目は掃除中の様子、5枚目は手前から百合之介さんと自分の狐面に神楽殿の中で眠っていた狐面を並べた様子となります。
posted by 冬風 狐 at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 狐(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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